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やんちゃな王子のための失われた王国 9-真実-

2023年
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iPhoneの液晶には23:05と表示されていた。美穂からメッセージが来ていなかったので、まだ帰ってくるまでには時間がかかりそうだった。僕は、まだシャワーも浴びていないことに気がついたので、急いで浴室へ向かった。そして、気がつくと無意識のうちに、颯太には言えなかった僕だけのストーリーを考えはじめていた。まずは兄のテリュースと初めて再会した時の話だ。

『実は一緒に遊んだ小高い丘や、美しい森はもう無くなってしまったんだよ…。あれからすぐに戦争が始まって全部、焼けてしまったんだ。隣国の別の大きな国が突然攻めてきたんだ。お城は今でも廃墟みたいになったままだ。お前は良いときに国を抜け出したよ。』

アリゼは耳を疑った。
『え、何だって。それじゃあ、母様やお城の人達はどうなったの?』

『新しい王と以前いた大きな国にとっとと逃げていったよ。あの女は王とグルだったんだ。初めからあのろくでもない王と一緒になって父様と俺を追い出すつもりだったんだよ。』
兄は思い出すのも不快だと言わんばかりに吐き捨てるように言った。

それはアリゼには全く知らされていない事だった。とても信じられる事ではなかった。
『いや、まさか母様がそんなことを、嘘だよな、兄さん?』

『本当さ。俺も父様も薄々と感じていた。だから、前もって島流しにされて大丈夫なように生き延びるための準備をしていたんだ。その証拠に、あの女は占領される前日に俺と父様を王宮に呼んでこう言ったんだ。「島に流されるか、この場で自害をするか決めなさい。」ってな。これが実の母親が子どもに言う言葉かよ!悔しくて悲しくて涙が出たよ、俺は。』

『じゃあ、なんで僕は、僕だけ残されたんだい?』

『まだ次の王子が生まれるか解らなかったからだろう。それと小さいお前なら自分の意のままにできると思ったのかもしれないな。もっとも、お前は特別に可愛がられていたから、あの女にも愛情の欠片くらいはあったかもしれないけどな。』

『兄さん、もうやめてくれ、これ以上は聞きたくない。僕はもっと違う話をしたかったんだ。兄さん達と歩いたあの丘の道や父様がつまづいて、転んでみんなで大笑いしたことやそんな話を…』
アリゼの目からは、いつの間にか大粒の涙が溢れんばかりにこぼれていた。それは、国から貨物船に乗って逃げ出してバハリに呼び出された時以来のことだった。アリゼの心は、以前の無垢で無防備な幼子の頃に戻ってしまっていた。

『本当は、お前も一緒に連れて行きたかったんだけど、どうしてもできなかったんだ。ごめんな、辛い思いをさせてしまって。お前に言うべきじゃかったかもしれないが、お前にも真実に向き合って欲しかったんだ、幻想を捨てて過去を断ち切るためにね。そしてこれからは一刻も早く、あの国で起きた事は忘れろ、そして幸せになることだけを考えるんだ。』

兄はそう言ってアリゼの肩を抱いて優しくなぐさめた。それでもアリゼの涙は止まらなかった。その姿はまるで今まで誰にも触れさせず大事に取っておいた積み木の玩具を何者かによってバラバラに崩されてしまい、泣き叫んでいる子どものようだった。その日、アリゼは自分の信じていた心温まるストーリーが、単なるおとぎ話であることを知った。

次は兄と再会して真実を知り塞ぎ込んでいるアリゼが、バハリに悩みを打ち明けた時の話だ。

『早く忘れるんだ。お前は俺の家族だ。そしてこの島の人間にも必要とされている。お前の居場所はここにあるんだぞ。』

『バハリ、それは十分解っているよ。僕はこの島での生活に何の不満も無い。ただ、あまりに過去知らないことが多かったので、まだ気持ちの整理ができていないだけなんだよ。』

『いや、お前はまだ心のどこかで王子だった時の事を捨て切れていない。その事に自分でも気がついていないんだ。だから兄さんに会っただけで、こんなに動揺している。今までお前が必死で生まれ変わろうとしてきたのはよくわかる。だから、その事でお前を責めることはできない。でも、これだけは言わせてくれ。』

アリゼにはバハリの言っている事の意味が理解できていなかった。僕はもう王子じゃない。そんな想いは、あの長い航海で広い外洋の荒波の中にとっくに捨ててきたからだ。でもアリゼはバハリの言葉に何も言い返すことができず、ただ頭を垂れて、救いを求める信者のようにバハリが次にいう言葉を待っていた。

『いいか、一度しか言わないから心に刻。何者かになることを怖れる者は、何者にもなれない。』
その言葉はアリゼの心に深く突き刺さった。

それからルイカにプロポーズをした夜のやりとりだ。

『あなたは、本当に私と結婚したいと思っているの?』
『僕は本気だ。君はこのシュロの木の下で、島に馴染めずに傷ついていた僕に言ってくれたよね?僕とこの島の人達や森や海を【つなぐため】に生まれてきたって。僕はあの言葉にどれだけ救われたか解らない。あれから君の事がずっと好きだった。君はとても心が広くて温かくて純粋で、美しくて僕にとってはかけがいのない存在なんだよ。』

『私もずっとあなたの事が好きだった。そして【つなぐもの】としてあなたを、ずっとつなぎ止めようとしてきたわ。でもね、やっぱり時々解らなくなるのよ、あなたのことが。あなたは心の中の大切な部分をずっと置き去りにしたままなの、あの失われた王国のどこかに。私にはそれを辿ってきて【つなぐ】自信がいの。』

バハリに同じことを言われたよ。でもルイカ、そんな悲しい事を言わないでくれないか。僕は兄さんに会って、混乱しているだけなんだ。これは一時的な事なんだよ。君が一緒にいてくれれば、いつかきっと僕は君やバハリやこの島と本当の意味で繋がることができると思う。僕を信じてくれないか?』

ルイカは、じっとシュロの木の一点を見つめながらしばらくの間、何も話そうとしなかった。それでも、アリゼが次の言葉を必死で考えていると、突然口を開いた。

『…解ったわ。私にできるだけの事はやってみる。でも、これは私一人の力じゃ出来ない事なの。それだけは解ってね。』
ルイカは涙を流しながら、アリゼに寄り添った。アリゼはルイカを強く抱きしめながら、自分の心の中の空白を埋めて必ずルイカや家族を幸せにして、この島と繋がろうと強く決意した。

そして2年後、島に再び兄のテリュースが訪れた時の話だ。

『お前、正気か?あの国はもう廃墟になってるって言っただろう?もう丘も森もお城も残ってないし、ましてや人なんか住んでやしない。いや、盗賊みたいな奴らがウロウロしているから、捕まったら殺されてしまうかも知れない。それでも、あの国に行きたいって言うのか?』

『兄さん、僕だってよくよく考えたんだ。今さら行ってどうなるって。でも本当に僕たちの【お国】が失われてしまったのか、この目で確かめてみたい。そうしないと僕はこの先、ずっと迷いを持ち続けたまま生きていかなきゃならないんだ。』

『俺には、お前の気持ちがとても理解できない。いいか、これはもう終わった事なんだ。それに、ルイカさんやお前の子ども、家族はどうするんだ?置き去りにしていくのか?』

アリゼは大きく頭を振って否定した。
『兄さん、僕にとって家族やこの島はかけがいのない大切なものなんだ。とても捨てることなんてできやしない。だから【お国】の様子を見届けたら、必ず帰ってくるつもりだ。それに兄さんの船なら【お国】まであっという間に着いてしまうんじゃないか?』

兄はとんでもないと言わんばかりに大声を上げた。
『確かにスピードは出る船だが、それでも行くだけで1年近くはかかるだろう。それまで家族を放っておくのか?何より問題なのは帰りだ。俺もお前をずっと待っている訳にはいかないから、帰れる保証なんてないんだぞ。いいか、悪い事は言わないから考え直んだ!』

兄にそう言われて、アリゼはしばらく下を俯いていたが、ポツリポツリとその思いを語りはじめた。
『兄さん達は、初めから真実を知らされていた。その分、辛い事もあったろうけど少しづつ現実を受け入れることができたよね。でも僕には何も知らされていなかった。いきなり信じていた世界が180度変わっちゃったんだよ。だから僕は今でもあの【お国】に捕らわれたままなんだ、やんちゃな王子のまんまでね。こんな気持ちを持ったまま、誰かを幸せになんかできるのかな?』

『できるさ、みんなそうやって生きている。お前だけが特別で辛いわけじゃないんだぞ。悪い事は言わない。今の生活を大事にしろ。そして大切な物を守っていくんだ。』

それでもアリゼは頑として兄の言うことを聞かなかった。根負けした兄は、
『どうしても行きたいなら、まずはルイカさんを説得しろ。それができたら考えてやってもいい。船が出るのは明朝だ。それ以上は待てないからな。頭を冷やしてよく考えろ。』
そう言って立ち去っていった。

僕はシャワーを浴びながらずっと、このもう一つのストーリーの事を考えていた。考えたくもない話だったが、頭の中に勝手に浮かび上がってくるストーリーは、これが真実だと言わんばかりに僕の頭の中を支配していった。

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