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やんちゃな王子のための失われた王国 10-美穂とルイカ-

2023年
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シャワーを浴びながら僕はずっと、このもう一つの物語の事を考えていた。考えたくもない話だったが、頭の中に勝手に浮かび上がってくるストーリーは、これが真実だと言わんばかりに僕の頭の中を支配していった。次は最後のルイカとのやりとりだ。

兄に会った後、アリゼはすぐに家に戻り今の正直な気持ちをルイカに伝えた。ルイカはまだ生まれたばかりの男の子、ライニをバハリにあずけ家の外に出て二人で話をした。外に出るとルイカは淡々とした口調でこう言った。珍しくトゲのある言い方だった。
『そこまでして自分の国に帰りたいの?しかも廃墟になって何も残っていない所に、私達を捨ててまで。結局あなたは最後まで、人様に迷惑をかけるやんちゃな王子様だったわね。』

『本当に済まない。僕のやろうとしている事は本当に馬鹿げていると思う。それでもどうしても僕は子どもの頃に暮らしていた【お国】がどうなっているか、この目で見届けずにはいられないんだ。そうしないとこれから先、この島でどうやって生きていったらいいか解らなくなってきた。そして君たちを幸せにすることもできない気がしてきたんだ。』

『君たちを幸せに?そうじゃないでしょ?あなたが幸せにでしょ?私達は今のままだって十分幸せよ。あなたは自分の事しか見えていないし、考えていないじゃない。』
ルイカは声を荒げるのを必死で抑えながら、震えるような声で言った。

『君の言うことはもっともだ。君たちにはひたすら謝ることしかできない。だけど僕は絶対にこの島に、この家に生きて戻ってくる。だって僕の家はここにしかないんだから。』

『勝手にするがいいわ。もう、あなたの事は信じられない。でも結局、私の力が足りなかったのね。私は【つなぐもの】になるはずだったのに、あなたをつなぎ止めておく事ができなかった。』
ルイカは顔を覆い、激しく泣き始めた。

アリゼはどうしていいかわからず、ただ空を見上げた。そしてルイカを慰めようと手を差し伸べたが、その手はルイカによって振り払われた。
『触らないで!もう、戻らなくていい。私達の事は忘れて幸せに暮らすがいいわ、王子様。』
そう言って、家の中に走り去っていった。

バハリはその様子を遠目でただじっと見ていた。その視線は、長年息子同然に暮らしてきた家族にではなく、まるで違う人種の生き物に向けられたもののように感じられた。それはアリゼをとても悲しい気持ちにさせた。それからアリゼは家の方に向かって、長い間深々とお辞儀をして立ち去った。そしてその日は家に帰らず、洞窟で一夜を過ごした。

翌朝、港へ行き兄の船に乗せてもらい【お国】へと向かった。ルイカもバハリも当然、見送りには来なかった。
『本当にこれで良いんだな?失なわれたものは二度と返ってこないんだぞ。』
兄は最終的に、アリゼに問うたがアリゼの決意は固かった。
『解ってるよ、兄さん。でも、僕はこういう不器用なやり方でしか前に進めないんだよ。』

兄は不幸な過去に囚われて抜け出せない弟を哀れに思い、これからの弟の行く末に幸運が待っているよう初めて神に祈った。そして夜明けとともに船は因縁の【お国】へと出航した。

その時、玄関の開く音が聞こえて、我に返った。妻の美穂が帰ってきたようだった。僕はずいぶん長い間、浴室にいたようだ。そしてシャワーを止めたとき、初めて自分が涙を流していた事に気がついた。哀れな王子のため、あるいは自分自身のために。僕は慌てて、洗顔クリームで顔を洗い直してから浴室を出た。

着替えてからリビングに戻ると妻は、酔い覚ましだろうかウーロン茶を飲んでいた。二次会のテンションが残っているせいか、美穂はご機嫌だった。

「おかえり。」
僕はリビングのドアを開けると美穂に声をかけた。
「ただいま。いやー、今日は飲んだわよ。カラオケも5曲くらい歌っちゃったから声が枯れちゃったわぁ。あなたも何か飲む?ビールにする?」

「いや、気にしなくていいよ、自分でやるから大丈夫。」
僕は今まで泣いていた事を悟られないように、なるべく妻と目線を合わせないようにして冷蔵庫を開け、同じようにペットボトルのウーロン茶を取り出し、コップに注いだ。

「ちょっと鼻声みたいだけど、大丈夫?夏風邪引いちゃった?」
「いや、ちょっとシャワーを浴びすぎて冷えちゃったのかな?体調は悪くないから大丈夫だよ。」
美穂は「ふーん、なら良かった。」と言ってそれ以上は聞いてこなかったので、僕は安堵した。

「ところで颯ちゃんとはどんな話をしたの?」
美穂が何気なく聞いてきたので、僕はかいつまんで颯太にした話のあらすじを説明した。
「へー、急ごしらえの話にしてはよくできてるわね。そういえばあなたは学生の頃、小説を書いていたわよね。まだ、そういう想像力が残っているのね、きっと。」
美穂は、感心したようにそう言った。

「どうかな、本当に思いつきだよ。思ったより長くなったから、颯太が寝る時間も遅くなっちゃったけどね。明日の朝は寝坊しても許してやってくれないかな。」
「いいわよ、どうせ明日は私も早く起きられないわ。ゆっくり起きて、久しぶりにファミレスへモーニングでも食べに行かない?」
「いいね、そうしよう。さて、俺も疲れたからそろそろ寝ようかな?」

「どうぞ、私はこれからシャワーを浴びてから寝るわ。あ、ところで今年の夏休みはどうする?お盆にあなたの家に行くでしょ?」
「俺の実家に?何で?正月に行ったばかりじゃないか。行くんなら君の実家に行こうよ。」
僕がそう言うと美穂は今さらという感じで、呆れたようにこう言った。

「お正月って、もう半年以上も経ってるのよ?それに知っての通り、私の実家は東北の山奥にあるんだから行くだけで大仕事よ。泊まる部屋も無いからホテルも借りなきゃいけないし、お盆なんかにとても行けるような所じゃないわ。」
「でも、わざわざ俺の実家に行く事はないだろ。」
「だって、日帰りで帰れる距離でしょ?それにお母さんの体の具合もあんまり良くないみたいだし。あなたに会いたがってるんじゃないかと思って。」

「あの人の面倒は兄貴が看ているから大丈夫だよ。それに、あそこはもう俺の家じゃないし。」
「はいはい、『あそこはもう俺の家じゃない。』があなたの口癖ね。でもお兄さんも言ってたけど、お母さんはあなたの事を一番可愛がってたんじゃないかしら。私もお母さんに会った時にそう感じたけど。」

「そんなことはない。君にはあの人の事はわからないんだよ。軽々しくそんな事を言わないでくれ。」
僕は思ったより、ムキになって強い言い方をしてしまったようだ。美穂が驚いた顔をしていたので僕は素直に謝った。
「ごめんな、強く言いすぎた。」
それでも美穂は軽く手を振ってこう言った。
「いいのよ、人には人の家の事情があるもんね。私の家も似たようなものよ。それより今日は特に疲れてるみたいだから早く寝た方がいいわね。」

「そうするよ。あ、でも気になることがあるんだ。颯太の事なんだけど…その、学校でいじめられたりしてやしないかな?なんとなく話しているうちにそう思ったんだけど。」
「颯ちゃんが?うーん、先生からは何も聞いてないわね。ちょっと女の子と話す事が多いから、男子から、からかわれているような事を聞いた事はあるけど…。全然お友達がいないって訳じゃなさそうだし、今のところ大丈夫じゃないかしら。」

「だといいんだけどな。そもそも、何で突然俺にお話なんてせがんだのかわからなくて。学校で寂しい思いでもしているんじゃないかって思っただけなんだ。」
僕がそう言うと美穂の表情は一変した。僕に対して怒っているような気がしたが、何が美穂の気に障ったのかがその時は、僕には全く解らなかった。

「なんで俺にってどういう意味?」
「いや、3人でいても君にべったりで俺とは話をあまり話をした事がなかったから何でかなと思って。」
それから美穂は僕をキッと睨むように見て、強い口調でこう言った。

「いいこと、一度しか言わないからよく聞いて。颯ちゃんは3人でいるときに、あなたのことをずっと見ていたのよ。そして今もあなたが話しかけてくるのを待っているの。引っ込み思案だからずっと話せないでいるだけ。今回、寝付けなかったのだって絶対に口実よ。そうでもしないとあなたと話すきっかけがなかったのよ。一緒に暮らしていてそんな事も解らなかったの?」

「いや、俺は…。そうなのか、全然気がつかなくて、ごめん。本当に馬鹿だな、俺は。」
僕が謝ると美穂は少し表情を緩め、両手を組んで一点を見つめるようにしてこう言った。
「ねぇ、あなたは颯ちゃんの父親なのよ。もっと自覚を持って。私といるときだって、あなたは時々上の空になって、何を考えているか解らない時がある。私達を置いて、気持ちだけどこか遠くに行ってしまったみたいにね。」

その時、僕の中では俄に美穂とルイカの声が重なって聞こえた。僕はルイカの反対を押し切って【お国】に行ってしまった王子と同様に、美穂と颯太に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。

「ふぅーごめんね、私も声を荒げちゃって。ただこんな話は酔っ払った時じゃないとなかなかできないものなの。あるいは私の考えすぎかもしれないから。でも、颯ちゃんの気持ちにはきちんと向き合ってあげてね。あの子はあなたのことが大好きなの。本当に仲良くなりたいと思っているのよ、きっと。」

「解った。よく考えてみる。本当に申し訳ない。」
「父親のあなたに言うのもおかしな話かもしれないけどね。あーなんだか私も急に疲れてきちゃった。もうシャワ-を浴びて寝るわ。おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
僕はそう言った後、無意識のうちにリビングを出て行く美穂に対して深々とお辞儀をしていた。それから寝室に行って寝そべってみたが、思った通り睡魔はなかなか訪れなかった。それは僕自身が、この物語の結末に終止符を打てていなかったからだろう。きっと僕も王子と同じように【お国】へ行かなければこの物語は終わらないのだ。僕は眠るのは諦めて、王子のための最後のストーリーを考えはじめた。

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