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やんちゃな王子のための失われた王国 8-終結-

2023年
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「それからアリゼは黒船の船長、つまり本当の兄さんと商売の島の役場で話をした後、夜になってあまり人に知られていない海岸の岩場に行って話をした。初めは二人とも戸惑っていたんだけど、お城での昔話、王宮の庭でのバーベキューの話や、馬車に乗って遠くまで家族4人でピクニックに行った時の話をしているうちに子どもの頃の感覚が戻ってきて、お互いに本当にリラックスできるようになったんだ。」

『お前は、あんまり覚えていないかも知れないけど、あの国はそれは美しい国だったんだ。季節ごとに野原一面には様々な花が咲き乱れて、森にはたくさんの果物も実っていた。一緒に遊んだ小高い丘には鹿やウサギもあちこちにいて、追いかけ回して遊んだりしていた。私はよくお前を負ぶわされて、その丘を登ったもんだがお前がやんちゃだったから、背中で暴れて僕だって歩けるって言って騒いだりして、そりゃ大変だった。』

兄のテリュースは身振り手振りを大きくして笑いながら大袈裟に話をした。
『僕だってなんとなく覚えているよ。やんちゃだったから、兄さんにも色々迷惑かけたんだろうね。でも懐かしいね、あの一緒に遊んだ丘は今どうなっているだろう?父様や母様は元気にしているだろうか?何しろ感情的になって飛び出してきちゃったから、その後どうなったのか心配していたんだ。』

アリゼがそういうと、兄の顔色は一瞬にして曇った。そして持ってきた葉巻に火をつけて深く吸い込んでからこう言った。

『実は一緒に遊んだ小高い丘や、美しい森はもう無くなってしまったんだよ…。あれからすぐに戦争が始まって全部、焼けてしまったんだ。隣国の別の大きな国が突然攻めてきたんだ。お城は今でも廃墟みたいになったままだ。お前は良いときに国を抜け出したよ。』

アリゼは耳を疑った。
『え、何だって。それじゃあ、母様やお城の人達はどうなったの?』

『母様は新しい王と以前いた大きな国に逃げていった。お城にいた人達は戦争になる前に、ちりぢりになって逃げていった。街にいた人達も住んでいた家が焼かれて色んな国へ逃げていった。そして、母様は新しい王との間に子どもを宿していた。新しい王子ができたんだ。だから、もしお前が残っていたとしたら、さぞや肩身の狭い思いをしていただろうね。』

アリゼがそれを聞いたときの衝撃は計り知れない物があった。新しい王子?じゃあ、僕は元々不要な存在だったって事か。急に周りの空気が薄くなったような息苦しさを感じ、目眩がした。とても今聞いたことが真実だとは思えなかった。落胆しているアリゼに兄は、慰めの言葉をかけた。

『いいかい、あの国の事は早く忘れるんだ。俺も無人島から脱出するのにとても苦労をした。逃げる時に父様がこっそり金貨を持たせてくれたので、それを使って島をまず抜け出した。それから身分を隠して、商人の手伝いをして寝る間も惜しんで働いて、ようやく認められて自分の船と今の身分と自由を手に入れたんだ。お前だってそうだろ?島で必死で働いたから認められて、監視員みたいな立派な仕事に就いているじゃないか。お互い、幸せになるのはこれからだ。そうだろう?』

『そうだね、兄さん、確かにそうだ。でも僕にはまだ信じられないよ。あの美しい国がもう無いなんて。それに母様が、母様があの王の子どもを生むなんて…。』

兄は深いため息をついてこう言った。
『なぁ、この話はもうやめよう。もう、済んでしまった事だ。父様だって島に流されたけど、今では現地の人達と仲良くやっていて、新しい家族だってできたみたいだ。頭のいい人で、偉ぶらない人だったからね。現地の人に色々な事を親切に教えてあげて尊敬もされているみたいだ。手紙をもらったときにそう書いてあった。』

『そうか、父様ももう、新しい生活をして幸せに暮らしているんだね。それは良かったよ。』
父様が幸せに暮らしている事に安堵しながらも、アリゼは一抹の寂しさを感じて胸が痛んだ。

『そうだ。過去はもう振り返らないことだ。ところで、俺はまた、2.3年後にこの国に来ることになるだろう。その時に、お前さえ良かったら俺と一緒に来ないか?今、俺の商売はすごく順調で人手が足りないくらいなんだ。でも、ずっと一人でやってきたから、本当の意味で信頼できる人間がまわりにいない。正直なところ成り上がり者って思われているんだ。お前が側にいてくれると心強いんだが。ちょっと考えておいてくれないか。』

アリゼは上の空で兄の申し出には即答する事ができず、ただ頷いていた。翌朝、兄は詰めるだけ島の果物や特産品を積んで港を出て行った。見返りにたくさんの新しい薬や穀物の種やお酒を置いていった。それは島の人達にとても喜ばれ、取引は大成功に終わった。アリゼの評価もまた一段と上がったが、それでもアリゼの気持ちは晴れなかった。

「なんだかフクザツな話になってきたね。アリゼはショックだったんだろうね。自分の故郷が焼け野原になってしまったことが。」

「そうなんだ。それでしばらく色々な事を一人で考え込むようになってしまったんだ。そんなアリゼを見かねて、バハリが声をかけてきた。アリゼは思いきって、兄さんに会ったことや故郷の国が焼け野原になってしまった事を打ち明けた。バハリはアリゼに同情はしたけれど、言った事は兄さんと同じだった。『早く忘れるんだ。お前は俺達の家族だ。そしてこの島の人間にも必要とされている。お前の居場所はここにあるんだぞ。』って。」

「バハリにそう言われて、アリゼも目が覚めた。もう王子であることはとっくに捨てたんじゃ無いか。バハリがいて、ルイカがいて島の人達がいて、何が不満なんだろうって。それで、ある決意をした。」

「どんな決意をしたの?」
「ルイカと結婚してバハリ達と本当の意味で家族になろうって思ったんだ。」
「急展開だね?それでルイカはOKしたの?」

「うん、実はそんなにカンタンでもなかったんだけどね。月明かりのキレイな満月の夜に、お気に入りだったシュロの木の下にルイカを呼んで、プロポーズをした。ルイカは嬉しそうに顔を赤らめたけど『少し考えさせて…』って言ってすぐに返事はしなかった。ルイカはアリゼがお兄さんに誘われている事をなんとなく知っていたんだ。それで、島を出て行っちゃうんじゃないかって心配していた。でもアリゼは諦めなかった。ルイカの事が本当に好きだったからだ。それで、アリゼは『これからも僕が島を出て行くことは絶対にない。それに僕には君がどうしても必要なんだって。』ルイカに正直に自分の気持ちを伝えた。それでルイカにもその熱意が通じて、二人はめでたく結ばれたんだ。」

「良かったね。本当に良かった。パパが言ってた『忘れたまま思い出さない方がいいこともある。』って
こういう事だったんだね。」

「そうなんだ。そしてようやくアリゼは辛い過去を乗り越えて、幸せになることができた。それから数年が経って、バハリのお母さんが死んじゃったり悲しい事もあったけど、ルイカとの間に男の子が生まれて、二人はその島でずっと幸せに暮らしたんだ。」

「お兄さんとはもう会えなかったの?」
「いや、約束通り何年かしてから島に来たんだよ。でもその時にはもう、アリゼには子どももいて幸せに暮らしていたから、一緒に行く気は全くなくなっていた。お兄さんも『お前が幸せならそれが一番だよ。』って素直に祝福してくれた。」

「そうか、お兄さんともまた会えて、きちんと自分の気持ちを伝えられたんなら良かったね。」
「そうだね、ルイカと結婚して子どもが生まれたことで気持ちの整理ができて、最後にお兄さんにお別れも言うことができたんだ。これでこの物語はおしまいだ。めでたし、めでたしだね。」

「そうだね、パパ、お話面白かったよ、ありがとう。」
「ちょっと長くなっちゃってごめんな。さぁ本当にもう寝る時間だ。トイレに行っておかなくて大丈夫かい?」

「うん、大丈夫。おかげでやっと眠れそうな気がしてきたよ。」
「それは良かった、じゃあ電気を消すよ。」
「うん、わかった。明日はちょっと寝坊して良いよね?」
「ママもきっと遅いから大丈夫だ。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。あ、パパ?」
「うん、なんだい?」
「パパは王子みたいにどこかに行ったりしないよね?」

「何をっ、急に颯太はおかしな事を言うなぁ。パパが何処にもいくわけないだろ?」
僕は突然颯太にそう言われた事に驚きを隠せなかった。それでも颯太を安心させるために、近くまで言って手を握り、やさしく頭を撫でた。颯太のおでこにはとても弾力があり、髪の毛はサラサラしていて触っているうちに、とても穏やかな気持ちになれた。柔らかく小さな手からは、尊い命の確かな温もりが伝わってきた。こんなにも、か弱くて小さなものが、今まで僕を必要としてくれていたのか、そう思うと涙が出そうになったが、颯太に変に思われそうだったので必死で堪えていた。

それから部屋の電気を消して、静かにドアを閉めてから階段を降りてリビングに戻った。iPhoneの液晶には23:05と表示されていた。妻からメッセージが来ていなかったので、まだ帰ってくるまでには時間がかかりそうだった。それから僕は、まだシャワーも浴びていない事に気がついたので、急いで浴室へ向かった。そして、気がつくと無意識のうちに颯太には言えなかった僕だけのストーリーを考えはじめていた。

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