小説 オリジナル小説 ファンタジー小説 物語 南国 家族 王妃 招待 祖母の死 | ねじまき柴犬のドッグブレス

王妃のための失われた王国13-旅の終結-

2023年
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日が暮れてからアリゼはようやく砂浜から立ち上がることができた。家に帰るとクハニと呼ばれる島の神を司る者が、ネネのために読経を唱えているところだった。アリゼの顔を見るとバハリは無言で指を差し、座れと指示をした。祭壇には幾つもの蝋燭が灯され、生前にネネが使用していた櫛やアクセサリーや、供養花などが供えられていた。読経が終わるとクハニは合掌をしてその場を後にした。

ネネの亡骸は、明日、再度クハニの立ち会いの元、生前に縁のあった者達とともに島の墓地に葬られる事になっていたが、今夜は家族だけで死者を弔うのが慣わしになっていた。アリゼは勝手に家を飛び出してしまった事をバハリにきつく叱られるだろうと覚悟をしていたが、バハリはアリゼの頭をポンっと軽く叩いただけで決して責めることはなかった。

「さて、これから寝ずの番で婆さんを、ネネの事を弔わなきゃな。二人とも腹が減ったろう?何か食べるか?」
バハリはアリゼとルイカに声をかけたが、二人は下を俯いたまま静かに首を振った。
「そうか、じゃあ俺は干し肉を肴に、この前アリゼが貰ってきた上等の葡萄酒をいただかせて貰おうかな。」
バハリはそう言って立ち上がり、食料の貯蔵庫へと向かった。

それから、すぐにタフラが弔問に駆けつけた。
「この度はご愁傷様、お悔やみ申し上げます。その、なんと言ったらいいか、まさかこんなに早く…」
タフラは急いできたらしく息が荒く、目も真っ赤に充血していた。

「タフラ、わざわざ来てくれてありがとう。よかったらネネにお別れをしてくれないか。」
アリゼがネネの亡骸へ手招きをするとタフラは枕元まで行き、合掌をした。
「ネネ、どうぞ安らかにお眠りください。今までありがとう。」
それから生前のネネの思い出について皆で語り合った。それはアリゼとルイカの気持ちを多少なりとも和ませてくれた。

それからタフラは突然、思いついたようにアリゼに言った。
「そういえば、君は今晩、またあの黒船に行くんじゃなかったのかい?」
タフラのその言葉で、アリゼはプロムスとの約束を思い出した。
「そうだった、あの黒船でディナーに招待されていたんだ。でも今夜は家族でネネを見送らなきゃならない。それにとてもそんな気分にはなれないよ。」

「そうだろうな。それじゃ、俺が代わりに行ってこようか?これからまた、交易する機会もあるだろうし、約束は守っておいた方がいいんじゃないか?」
アリゼは少し思案したが、プロムスのあの人懐っこい柔和な笑顔を思い出すと少なくとも事情だけは説明しておきたいと思った。
「そうだね、タフラ、申し訳ないけど僕の代わりに事情を説明しに行ってくれないか?取引もそうだけど、とても親切な人だったから不義理な事はしたくないんだよ。」
「いいよ。何なら代わりにディナーに招待してくれるかもな。そしたらラッキーだ。」
「ありがとう、本当に助かる。日暮れ時にはいく約束だったから、遅くなった事も謝っておいてくれないか?」
アリゼが申し訳なさそうに言うと、タフラは軽く手を上げて軽快に港へと駆け出していった。

その頃、黒船では予定の時刻を過ぎてもやって来ないアリゼの事を首を長くして待っていた。王妃は冷静さを装ってはいたが、心中は穏やかでは無かった。


「あの子はきっと気が変わったのよ。船の主が私だと気づいたのかもしれない…。きっと自分勝手で薄情な母親なんかに会いたくないと思ったに違いないわ。」
王妃は虚ろな目をして、独り言のように呟いた。
「いいえ、奥様。私の勘ですが、あの子はこの船の主が誰かは気がついていません。おそらく何か事情があって遅れているのでしょう。約束を破るような子には見えませんでしたから。」

プロムスはそう言って王妃を必死でなだめ、5分おきくらいに甲板に出て近づいてくる船がいないか確認していた。
「あるいは、気づかれたのかもしれないな…。」
そう思い半ば諦めかけた時、遠方にぼんやりとした灯が近づいてくるのが見えた。おそらくアリゼの船ではないかと思った。
「来てくれたのか、坊や。これで奥様も報われるのか、いやどうなるかはまだ解らんが..。」

船が近づいてくるとプロムスは待ちきれずに力一杯叫んだ。
「アリゼ君、待ちくたびれたよ。でもよく来てくれた。主がお待ちだ。また荷台を降ろすから甲板まで上がってきてくれ。」
その呼びかけに近づいてきた船は、舳先の灯を揺らして答えた。ただプロムスの期待を余所に船からは、聞き慣れない言葉が聞こえた。どうやら島の言葉のようだった。
「俺は代理の者だ。アリゼは家族の不幸があって今夜は来られなくなった。あんたに大変申し訳ないと伝言を頼まれた。」
タフラは、プロムスの言葉が理解できなかったので、やむを得ず大声で事情を伝えた。

プロムスもこれは島の言葉だと理解した。どうやらアリゼ以外の者が船に乗っているらしい。彼は島の言葉も話せたので言葉を切り替えた。
「家族の不幸だって?誰が死んだんだ?」
「婆さんが死んじまったんだよ。だから今夜は家族で一晩、弔いをしなきゃならないんだ。」
「婆さん?あの子に婆さんなんていたのか?」

プロムスは釈然としない気持ちでタフラに尋ねた。

それを聞いたタフラは首を傾げた。
「おかしな事を言うね。あんたにだって家族はいるだろう。」
「ところで君は誰なんだ?」
「アリゼの友達だよ。それでもし良かったら俺が代わりにディナーに招待を…」
「悪いけど、少しそこで待っていてくれ!」

そう言うとプロムスは慌てて、王妃の元へ報告に向かった。

プロムスは、ためらいながらも王妃にありのまま、タフラの言葉を伝えた。それを聞いた王妃の顔色は俄にくもり、眉をつり上げて椅子の肘掛けを強く握りしめた。何か言葉を発したいのを必死で堪えているようだったが、やがていつにも増して冷静な口調で淡々と言い放った。

「プロムス。どうやら人違いだったようね、ディナーは中止にしましょう。あの子には祖母なんかいない、いるはずがないのよ。使いの子にはお礼をあげて帰ってもらって。ディナーのお料理は使用人達に食べさせてあげて。」
「しかし奥様、年齢や容貌からしておそらくご子息に間違いはありません。数日ここで待っていれば、また会う機会はあるかと…。」
「いいえ、人違いよ。あの子はもう死んだのよ、山犬に食べられたか山賊にさらわれたかしてね。とんだ無駄足だったわ。」
王妃のその言葉にプロムスは、言葉を失った。

「旅はもう十分楽しんだわ。さぁ、もう国へ帰りましょう。本当の家族の待っている所へ。」
王妃は声を震わせ、絞り出すような小声でそう呟いた。プロムスはまだ迷っていたが、王妃の決心が変わることはないだろうと感じ取った。諦めて甲板へと出ていこうとしたが、その時、王妃は突然、プロムスを呼び止めた。

「待って、プロムス。例の子にはこれを渡すように伝えて。もう私には不要なものだから。」
それは紫の紐で括られた上等な桐の箱だった。プロムスは箱の中身が気になったが、王妃の心中を慮り、あえて聞こうとはしなかった。

甲板に出たプロムスは待っていたタフラに向かって叫んだ。
「おーい君、待たせて悪かった。実はこちらも予定が変わってね、今夜中に出航しなければならなくなったんだ。だから申し訳ないがディナーも中止だ。お礼の品として、あの子に渡してもらいたいものがあるんだが受け取ってくれないか?」
「え、そうなんだ。まぁいいけど。」
タフラがそう言うと荷台が降ろされ、そこには王妃がプロムスに渡した桐の箱と金貨が一袋載せられていた。

「その箱は、アリゼ君に渡してくれ。金貨は君へのお礼だ。夜遅くにご苦労だった。」
「解った。アリゼにはそう伝えておくよ。金貨をありがとう。航海の無事を祈ってるよ。」
「ありがとう。それと彼にはご家族に不幸があった事をこの船の主と私から、心からお悔やみ申し上げますと伝えておいてくれないか?くれぐれもよろしく頼む。」


プロムスはそう言い残すと甲板からあっという間に去っていった。それからすぐに碇が上げられ船のエンジン音が大きくなった。タフラは黒船がすぐにでも動き出そうとしているのを察知して、慌てて舵を取り黒船から離れようとした。ディナーに招待されなかった事は残念に思っていたが、予想外の報酬を貰えたことで心躍らせて島へと引き返していった。

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