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やんちゃな王子のための失われた王国 外伝3-難破-

2023年
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アリゼはうつ伏せになって、月明かりを頼りに兄からの手紙を何度も繰り返し読み返したが、やがて手紙を地面に放って仰向けになって泣いた。
『何でだよ?何で兄さんが俺なんかに嫉妬なんかしなきゃならないんだ。兄さんみたいになりたかったのは俺なのに…。』

放心状態のアリゼの側には、子どもの頃、島の子ども達に苛められて泣いていた時のように、いつの間にかルイカが立っていた。
『きっとここいると思った。ごめんなさいね、一人になりたかったんでしょうけど、何故だか、あなたが私を呼んでいるような気がして来てしまったの。お兄さんの手紙には何が書いてあったの?』

『ルイカ、いいんだ。僕も今、君が側にいてくれたらなって思っていた所なんだ。やっぱり、君は僕と繋がっているんだね。』
アリゼはそう言って涙を拭って起き上がり、泣き顔を見せないようにして手紙を拾い上げルイカに渡した。ルイカはアリゼから読み書きを教わっていたので【お国】の文字を読むことができた。手紙を読み終わると、ルイカは深いため息をついてアリゼの横に座った。

『私はあんな人は初めて見た。普通の人は必ず何かに繋がって生きている。誰しもそうしないと生きていけないもの。でもあなたのお兄様はそうじゃなかった。自分だけの力で、誰にも頼らずに生きている、この100年以上も大地に根を張っているシュロの木みたいに。』

『兄さんは特別な人間なんだよ。無人島から脱出して何も無い状態からあんな大きな船を持つなんて、常人にはとても出来ない。僕も小さい頃は兄さんの真似をしていれば、いつかはあんな風になれるんじゃないかと思っていた。でもある日気づいたんだ、僕にはとても同じ様にはできないってね。だからいつも嫉妬して引け目を感じていたのは僕の方なんだよ。』

ルイカは黙って頷き、アリゼの手を優しく包み込むように握りしめこう言った。
『それでも、お兄様はあなたとだけは繋がっていたかったのね。だからこんな手紙を書いたのよ、きっと。人に弱みを見せるのが凄く嫌いな人なはずなのに、あなたにだけは本当の自分をさらけ出して解って欲しかったのかもしれないわ。』

『ねえルイカ、僕はこれからどうすればいい?こんな手紙を見せられて、これから兄さんとどんな顔をして会えばいいんだろう?』

ルイカは軽い笑みを浮かべてこう言った。
『そうねぇ、一番良いのは何事もなかったように接する事じゃないかしら。そして折りを見て、あなたもお兄様に今まで思っていた事を伝えてみたら?面と向かって言いづらかったらお兄様のように手紙にしてもいい。そうしたら本当の意味で、あなたとお兄様は繋がることができるんじゃないかしら。』

アリゼはルイカの言われた事を考えてみた。兄さんと繋がる?ルイカやバハリやアイニやこの島と同じように。僕は兄さんとはとっくに繋がっているものと思っていた。でも実際はそうじゃなかったのか。

『でもお互いに少し時間が必要かもしれないわね、心の距離を埋めるのには。それとあなたもそろそろ、お兄様に対する引け目から解放されなきゃね。確かにお兄様の方が男前で頭も良くて商才もあるし、お金持ちで女の人にももてそうだけど。』

ルイカは笑顔で冷やかすようにそう言った。

『慰めてはくれるのは嬉しいんだけど、君はいつも最後に傷つく事を言うんだよなぁ。』

『ふふ、ごめんなさい、冗談よ。でもいいじゃない、あなたはあなたで。【ひまわり】は【シュロの木】みたいに強くはないけど、見ている人を明るい気持ちにさせてくれる。それと、知ってた?性格は違うけど、話し方とか声色があなたとお兄様はソックリよ。やっぱり兄弟なんだなって思ったわ。』

『あんまり意識をしたことはなかったな。そうなのか。』
『そうよ、やっぱり血の繋がりってすごいわね。いつかアイニもあなたみたいになるんじゃないかしら?』

『どうかな?どっちかっていうと君に似て欲しいと思っているよ。僕にはどうも迂闊なところが多くて余計な苦労ばかりして、周りの人にもずいぶん迷惑をかけちゃってるから。』
『そう?私は元気で健やかに育ってくれて、人の痛みや喜びを感じられる人間になってくれればどちらでもいいけど。』

それから二人はしばらくの間、弓形で青白く光る月とその横を支えるように瞬いている無数の星達を無言で眺めていた。

それから数ヶ月が経ち、島ではある噂で持ちきりになった。それは今をときめく豪商、イルファンの船が難破したというものだった。アリゼは噂を聞きつけるとすぐに島の役場に足を向けた。今でも港の監視人の仕事は続けていたので、役場は時々出入りをしていたから、顔見知りはたくさんいた。中でも指折りの情報通である同年代の青年、タフラを尋ねた。

『アリゼ、どうしたんだい、こんな朝早くから。珍しいね。』
タフラは長身で痩せており、黒縁の眼鏡をかけた爽やかな青年だった。アリゼが来るといつも長髪のドレッドヘアをなびかせて、愛想良くにこかやに対応してくれた。
『タフラ、実は確かめたいことがあって来たんだ。例の噂になっているイルファンの船が難破した件なんだけど、何か知っている事があったら教えてくれないか?』
例の件か、こちらにも少しは情報が入ってるよ。説明するから一緒に来てくれないか。』

タフラはアリゼを資料室まで案内した。そして棚の上から海図を探して取り出し、樫の木でできた広い机の上に広げた。
『イルファンの船が難破したとしたら、おそらくこの辺りだ。』
タフラは地図の真ん中辺りにある、島から遠く離れた外洋を指差した。


『この辺りには大きな渦潮があって、普段はどの船も避けて通るルートなんだ。でも逆に言えば、渦潮さえうまく乗り切れれば最短ルートになる。穀物や果物が鮮度の良い状態で届けられるからそれだけ高値で売れるし、燃料費や人件費の節約にもなる。おそらくイルファンはここを通過できずに難破したんだろう。賭けに出たんじゃないかな?豪商と言われる所以だね。』

タフラは冷静にイルファンの行動を分析していた。アリゼはその説明を聞いて絶望的な気分になった。兄さん、いったい何だってそんな無茶をしたんだ。

『もしこの渦潮にまともに巻き込まれたしたら、どんな大きな黒船でもひとたまりもないだろうね。沈没は避けられたとしても、難破してどこかの島にでも座礁しているはずだ。ところで君は何でこの件に興味を持っているんだい?』
アリゼは、その事は必ず聞かれると思っていたので事前に答えを用意していた。
『いや、ひょっとしたらその海域にお宝が漂っていて、それを回収できたら一財産できるんじゃないかなと思ってね。』

アリゼがそういうとタフラの笑顔は一瞬にして消え、真顔になって答えた。
『それは絶対におすすめしない。まずそこに行くまでに君の船なら軽く1年はかかるよ。ましてや、あんな大きな黒船ですら難破するんだから帆船で行くなんてもっての外だ。悪い事は言わないからやめていた方がいい。』

アリゼはそのタフラの勢いにたじろいだが、なるべく平静を装い答えた。
『いや、単なる好奇心で聞いただけなんだ。そういう事なら絶対にやめておくよ。教えてくれてありがとう。』
アリゼがそう言うとタフラは、胸をなで下ろした。
『ところでこの海図を貰っていってもいいかな?』
『いいよ、これは控えがあるから構わないよ。』
『ありがとう。今後、遠洋に行くときに役立ちそうだし、助かるよ。』

アリゼはタフラに礼を言い、海図を貰って役場を後にした。

家に帰るとアリゼは、バハリに会うなり頼み事をした。
『バハリ、僕たちが【お国】から乗ってきた帆船は、まだ使えそうかな?』
『そりゃお前、しばらく乗ってないので手入れは必要だが動かせないことはない。あの船をどうするつもりだ?』
『僕に貸してくれないか?兄さんを助けに行きたいんだ。』
『助けに行きたいって?難破した場所も解らないのに一体どうするつもりだ。』
『大体の場所は解ってる。役場でタフラに海図を見て教えてもらったんだ。』

アリゼは海図を床に広げ、タフラに言われた場所を指差すとバハリは目を丸くした
『お前、こんな所まであの船で本気で行けると思ってるのか?仮に行けたとしてどのくらい時間がかかると思ってるんだ。それに今から行っても、どうせ間に合わん。気持ちは解るが諦めろ。

『バハリ、それでも僕は行かなきゃ気が済まないんだ。兄さんの手紙には僕に対する贖罪が書かれていた。兄さんにこんな事を言われっぱなしで、二度と会えなくなるなんて僕には耐えられないんだ。伝えなきゃいけないんだよ、僕も兄さんに本当の想いを。』

それを聞いたバハリは顔を真っ赤にして、怒りを露わにした。
『馬鹿野郎、お前はまた同じ過ちを繰り返す気か?お前が勝手に【お国】に行っちまった時、ルイカが、ルイカがどんな気持ちでお前を待っていたか解っているのか。』

ルイカ、ルイカ。アリゼの頭の中で、以前【お国】に行きたいと告白した時のルイカの悲しみに満ちた顔が鮮明に蘇ってきた。その時、黙ってバハリとのやりとりを聞いていたルイカは、目を潤ませてじっとアリゼを見つめていた。そして側に寄り腕を掴むとは静かに首を横に振った。

その様子を見ていたアイニが無邪気にアリゼにおねだりをした。
『父様、どこかにお出かけするの?それなら僕も一緒に連れて行って。』
『違うのよ、アイニ。父様は母様と鬼ごっこをしているの。ほら母様が父様の腕を掴んでいるでしょ。アイニも父様を捕まえて。』


ルイカは不穏な空気を悟られないように、咄嗟に笑みを浮かべてアイニを呼んだ。
『そうなんだ。よーし、僕も父様を捕まえるよ。』
アイニはそう言ってアリゼの足にしがみついた。アイニの小さくて柔らかな手の感触が全身を駆け巡るとアリゼはもう何も言えず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

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