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やんちゃな王子のための失われた王国 外伝2-兄からの手紙-

2023年
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アリゼの家に招かれたイルファンは、和やかな雰囲気に包まれ楽しい一時を過ごしていた。食事はルイカが腕を振るった。食卓には自家農園の採れたての野菜を煮込んだシチューと新鮮な焼き魚、小麦粉をこねて竈でふっくらと焼いたナンのようなものが出された。それは長く厳しい航海の中では、なかなか味わえないものだった。

バハリはココナッツに柑橘系の果物を入れて、10年以上熟成発酵させた自家製の酒を振る舞ったが、イルファンは舌鼓を打った。
『いや、どの料理もお酒もとても堪能させていただきました。お解りだと思いますが、海に長くいると保存食が多くてろくなものが食べられんのですが、それを差し引いてもとても美味しいものばかりでした。』

『よく解ります。魚が捕れればいいが、うまくいかない日は最悪です。カチカチのパンと腐りかけた果実と干し肉をワインで流し込むしかありませんからな。』
バハリは長い航海の日々を思い出し、しみじみと言った。

その時、アリゼはライニを膝の上に抱きかかえながら面倒をみていたが、いつものようにお話をせがまれていた。
『よし、今回は「やんちゃで食いしんぼうな王様」というお話をしてやろう。』
『今度は王様なんだね。どんなお話なの?』
『昔々、あるところにとてもやんちゃで食いしんぼうな王様がいた。王様は大食いにかけては凄く自信を持っていた。それで、お国でバナナの早食い大会を開くことにしたんだ。賞金は牛1頭と金貨1袋だ。その代わり、自分に勝てなかったら、一生自分に忠誠を尽くす誓いを立てさせることにした。お国には腕っ節の強い者がたくさんいたんだけど、家臣の中にはあまりいなかったから、召し抱えたかったんだね。』

『それでどうしたの?』

『バナナ100本をどちらが先に食べられるか勝負を持ちかけたんだ。先に王様と勝負するための予選会をおこなって、勝ち残ったものが王様と勝負するというルールだ。好都合な事に勝ち残ったのは、王様が一番目をかけていた強者だった。でも何しろまだ食べ盛りの若者で大男だったから、まともに勝負したら王様にはほとんど勝ち目はなかった。そこである作戦を立てたんだけど、それが見事に成功して王様は勝つことができたんだ。』

『どうして王様は勝てたの?』

『前もって、バナナ100本を家臣に頼んですり潰してドロドロにして貰っていたんだ。だから王様は噛まずに飲み込むだけでよかった。さすがに100本分を飲み込んだからお腹がパンパンになって最後は動けなくなっていたけどね。でもその強者は「これは正当な勝負じゃ無い。」って言って、結局カンカンになって帰ってしまった。それで王様はガッカリしてしまったんだ。』

『父様、そのお話、それで終わりなの?』
『いや、まだ続きがあるんだ。王様はやんちゃだったから、やんちゃで王様だったから…』
アリゼはそこまで話すと急に目が虚ろになりその場で横になってしまった。
『母様、また父様が途中で寝ちゃったよ。』
ライニは呆れたような目でルイカに訴えた。

『あらあら、しょうがないわね。でも父様はお酒に弱いのよ。寝かせてあげましょう。』
そういって、綿布団を上からそっと掛けてあげた。
『さあ、ライニももう寝る時間ですよ。父様と一緒にお眠りなさい。』
ライニは少し不満そうな顔をしたが、うつらうつらしており睡魔には勝てなかったのか、
『じゃあそうするよ、おやすみなさい。』
そう言ってアリゼの寝ている布団に潜りこみ、横に寝そべった。
『おやすみなさい。』
ルイカはそう言ってから、優しく微笑んでライニの頭を撫でた。

バハリとイルファンは、その様子を微笑ましく見ながら二人で語り合っていた。
『さぁ、もう少しお酒をいかがですか?』
バハリがすすめたが、イルファンは右手を振った。
『いや、もう結構です。いささか楽しくて飲み過ぎたようです。それにしてもあれに、弟に息子がいて父親になっているなんてとても信じらないですな。いつも私の後を追いかけて、剣術でもなんでも私の真似ばかりして、上手くできないと泣いてばかりいたのがつい昨日の事のようです。』

イルファンは目を潤ませながら話を続けた。

『そして、あれのこんなに楽しそうな顔を見たのも本当に久しぶりです。私の所に来て【お国】に行きたいといった時の切羽詰まった顔は忘れられません。あの時は、過去に囚われた可哀想な奴だと思っていましたが、今は違う。一家の長としての役目を立派に果たしているし、たくましくて健全な大人に成長しました。やんちゃで剣術やチェスで負けては大泣きしていた弟の面影はもうありません。弟をいかにきちんと育ててくれたかがよく解ります。バハリさん、本当にありがとうございました。あなたには感謝してもしきれません。』

『いえいえ、何を仰いますか。あいつは確かに王子を捨てて島の人間になりましたが、今でもあいつの中にあるのは、お父様やお兄様の姿です。まだ憧れているんですな。きっと今だってあいつはあなたみたいになりたいって思ってますよ。』
バハリの脳裏には、アリゼがこの家に来てからの事が鮮明に蘇っていた。

『そう言っていただけるのは嬉しいですが、おそらくあが今見ているのはあなたの背中でしょう。これからも弟の事をよろしく頼みます。』
そう言って、イルファンが手を差し出すとバハリは照れくさそうな表情を浮かべてイルファンと握手を交わした。

『では、申し訳ありませんが、私はそろそろ失礼致します。』
それからイルファンは唐突にこう切り出した。

『え、まだいいじゃありませんが。せっかくなんだからお泊まりになってください。』
バハリはそう言って引き留めた。
『そうですよ、お兄さん。あの人も寝ちゃってますし、お帰りになられたら後で怒られます。起しましょうか?』
ルイカもそう言ったが、イルファンは首を大きく振り固持した。

『いえいえ、気持ち良く寝ているのでどうか起こさんでください。弟の元気な姿も見られたし、もう十分です。それに近いうちにまた来る予定もありますので。よろしく伝えておいてください。』
イルファンからは明日、夜明けとともに出航すると聞いていたため、二人ともそれ以上無理強いはできなかった。

翌朝、目覚めた時、アリゼはすでに兄の姿がない事に気づき愕然とした。
『え、兄さんはもう帰っちゃったの?』
『ああ、夜明けとともに出航しなければならないとかで、昨夜のうちに帰ってしまったよ。ずいぶん、引き留めたんだがな。』

『なんだよ、冷たいなぁ。兄さんも、みんなも。何で起してくれなかったんだよ。』
『仕方ないだろ、兄さんからお前を起さないようにって言われたんだ。それに近いうちにまた来るそうだ。さあ、それより漁に行くから支度をしろ。今日こそは網を引き上げるぞ。』

バハリはそう言ってアリゼをなだめた。それからもアリゼはしばらくブツブツ言っていたが、やむを得ず漁に出かけた。バハリはその時にイルファンからアリゼ宛ての手紙を預かっていたが、渡すタイミングがなく結局、船の上で渡す事になった。

アリゼは漁から戻り夕食を食べた後、みんなが寝静まった頃に兄の手紙を持ってお気に入りのシュロの木のある場所まで行った。兄の手紙はなぜだか一人になって読みたい気分だったからだ。その日は三日月の晩だったが満点の星明かりもあり、文字を読むには十分な明るさがあった。

親愛なるヒース

いや今はアリゼと呼ぶべきかな。考えてみたら、お前に手紙を書くのは初めてだったね。お前はなぜ会ったときに直接話さなかったのかと思うかもしれないが、私にはどうしてもその勇気が無かった。なぜなら、これはお前への贖罪の手紙だからだ。

まずは、お前を【お国】に置き去りにした事について率直に謝りたい。お前は自分が勝手にした事だからと言うだろう。確かにそれはその通りだ。俺はお前が【お国】に行くのを引き留めたんだからな、少なくとも表向きは。だから謝罪したいのは、その事ではない。

俺はお前が【お国】から戻らなかった時、「もうお前この世に存在しないんだ。」と思うと、心のどこかで安堵をしていた。自分を縛り付けていた何かから解放された気分になっていた。それはお前が、俺が心の奥底に鍵をかけてしまいこんでいた暗い感情を呼び起こす存在だったからだ。

正直に言うと【お国】にいた頃、俺はお前の事が大嫌いだった。俺は必死で剣術を学び、家庭教師のいうことを聞いて礼儀作法や帝王学を身につけた。そしていずれは父様を超える偉大な王になるに違いないと言われていた。父様もあの女もその事は認めていた。

それでも俺はお前ほどの寵愛を受ける事はできなかった。おまえはただ気の向くままに生き、何の努力もせずに遊んでいるだけで父様とあの女の寵愛を一身に受け、何をしても許されていた。そして、あの女は最後に俺や父様を捨ててでもお前だけは手元に置いた。俺は激しく嫉妬した。なんで知性も才能も無いお前が残されて、こんなに努力をしてきた俺が捨てられなきゃならないんだと。

そして、風の噂でお前が【お国】から逃亡した事を知った時、内心「ざまあみろ。」と思っていた。それから、お前は俺が偶然この島に来たと思っていただろうが、そうじゃない。俺はお前の噂を聞きつけて、いてもたってもいられなくなってこの島までやって来たんだ。これはお前が【お国】に行きたいと思った気持ちに似ているかも知れない。

そして実際にお前に会い、新しい家族に囲まれて思ったより幸せに暮らしている姿を見て、俺の中には新たにどす黒い感情が芽生えた。お前が知らなかった過去を突きつけて、お前を苦しませたいと思った。実際にお前が【お国】に行きたいと言い出した時には正直、俺は小躍りしたよ。お前も俺と同じように苦しみあがけばいいとね。

でも同時に信じて欲しい事がある。今日お前がまだ生きている事を知って本当に嬉しかった。俺にはない素晴らしい家族がいて羨ましくもあったが、お前の心底幸せそうな顔を見ていたら嫉妬とかそういうものがどうでもよくなって、とても穏やかな気持ちになれた。心から祝福したいと思えるようになったんだよ。俺も今になって、ようやくお前という存在から解放されたのかもしれないな。

そして改めて思った。やっぱりお前は俺にとってかけがえのないたった一人の弟なんだと。だから、これからお前を俺の波瀾万丈な人生に巻き込むのはもうやめにしようと思う。そして、兄としてお前がご家族とともに末永く幸せであり続ける事を願っている。

テリュースより愛をこめて

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