小説 オリジナル小説 ファンタジー小説 物語 母 余命 島倉千代子 この世の花 | ねじまき柴犬のドッグブレス

王妃のための失われた王国15-この世の花-

2024年
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王妃の物語を再び書き始めてから、アリゼが頻繁に夢に出てくるようになった。彼はいつも夢の中で
「シュン、僕の母様はいつになったら幸せになるんだい?約束が違うじゃないか。」
そう言っていた。そのたびに僕は
「これからなんだよ。物事には順序がある。ある日突然ハッピーになるなんておかしいだろ?」
と説明をしていたが、彼は
「ある日突然ハッピーになる、それでいいじゃないか。順序なんてすっ飛ばしたっていいだろ?」
と繰り返し言い、聞く耳を持たなかったので辟易としていた。おかげで僕の安眠は妨げられていたので、これは早く物語を仕上げなければならないと思っていた。

そんなある日、昼休みにスマホを見ると兄から数回着信履歴があり、留守電にはMsgが入っていた。
「シュン、あの人が救急車で運ばれて緊急入院した。足を滑らせて階段から転げ落ちたらしい。足か腰の骨が折れている可能性もあるらしいから精密検査をする事になった。入院先は○○病院だ。何度か付き添いで行った事があるから場所は知っているよな?今日か明日の午前中に、病院に見舞いに来られるか?時間のあるときに連絡をくれ。」

僕は慌てて、兄に電話をしたが留守電になっており繋がらなかった。昼休みが終わると上司に母が入院したことを伝え、明日、休暇を取らせて貰うことにした。電話の内容からすると命には別状は無く明日でも大丈夫だろうと思ったからだ。

そして仕事を終え、帰宅前に兄に電話をしようと思っていた矢先に兄から着信があった。
「マサ兄、今電話しようと思っていたところだったんだ。容体はどうなんだい?」
「レントゲンを撮ったが骨には異常がなかったらしい。あの人は意外に丈夫にできているんだな。ただ打撲が酷いのと捻挫もしているから一人で起き上がれない。しばらくは入院が必要だ。」
「そうなんだ、不幸中の幸いだ、良かったよ。」
「ただな…。」
兄はそういうと少し沈黙をした。
「ん、なんだい?」
「お前も肝臓に癌があるのは知っているだろ、何度か手術をしているから。今まで薬でごまかしてきたが、いよいよ難しくなってきたようだ。年齢的にも手術に耐えられる体力はない。医者にどのくらい持つのか聞いてみたが、余命1年程度だそうだ。」

僕は絶句した。覚悟はしていたが、実際に聞かされると、想像以上にその言葉には衝撃を受けた。
「そうなのか…。でも年齢的からすると癌の進行は遅いだろうから、一概には言えないよね?」
僕がそう言うと一瞬の間があり、電話口からは煙草に火をつける音が聞こえた。
「なぁ、シュン。あまり楽観的に考えない方がいい。逆に1年以内になる可能性だってある。明日にも死んでしまうかもしれない状態っていうのは理解して欲しい。だから覚悟だけはしておけよ。俺が以前に『もう戦争は終わった。』って言ったのを覚えているか?あれはそういう意味だ。余命僅かな人を恨んだって仕方がないだろう。じゃあ、これからまた先生の説明を受けなきゃならないから切るぞ。明日、よろしくな。」
兄はそう言って電話を切った。

その夜、僕は家に帰って美穂に母が入院したことを伝えた。ただ余計な心配をかけないように、打撲と捻挫の事だけを伝え、他の事は伏せておいた。
「そうなの!骨折はしていなくて良かったけど、それは大変ね。明日、私も一緒に行ってもいい?」
美穂は少し興奮気味にそう言ってくれたが、仕事を休んで貰うのも気が引けたので緊急性はない事を理由に、見舞いには一人で行くことにした。

次の日、病院に行くと僕の心配を余所に母は元気そうで、検温に来ていた若い女性の看護師さんと和気あいあいとおしゃべりをしていた。

「そうなの、あなたはまだお一人なの。」
「そうなんですよ、このお仕事をやっていると昼も夜もなくて、出会いがないんですよね。」
「なら、ウチの息子なんかどうかしら?バツイチでおじさんだけど社長さんだからお金持ちだし、玉の輿に乗れるわよ。」
母は兄がいないのをいいことに好き勝手な事を言っていた。看護師さんもクスクス笑い母に合わせ
「あら、そうなんですか?昨日ご挨拶しましたけど、渋みがあって格好いい方でしたよね。考えておきます。」
と言っていた。僕は会話の隙をついて母に話しかけた。

「母さん、見舞いに来たよ。思ったより元気そうで安心したよ。」
僕が声をかけると母はようやく僕の存在に気づき、目を細めて僕の方を見た。
「あら、シュン君、わざわざ来てくれたの?お仕事があるんでしょ?大した事ないから来てくれなくても良かったのに。」
「いや、でも動けないんだろ?色々と必要なものがあると思ってさ。」
そう言うと母は看護師さんに僕の事を紹介した。
「これが下の息子なの。少し若いでしょ?でも残念ながら妻子持ちなのよ。」
「そうなんですか。初めまして。ヤマオカさんはお幸せですね、親孝行な息子さんが二人もいて。それでは私は失礼します。」
僕が挨拶をすると、看護師さんは次の患者さんが待っているらしく会釈をして足早に病室を後にした。

「ところで、マサ兄はどこにいるんだい?」
「マサトはね、なんだか急に会社から呼び出しがあって、お仕事に行くんだって。午後には戻ってくるらしいけど…。これからシュン君が来るから必要なものがあれば頼んで欲しいって言ってたわ。」
「そうなんだ。」
母にそう言われてスマホを見ると確かに兄からのメールが入っており、午後には戻るからそれまではよろしく頼むと書いてあった。

それから、母とひとしきり世間話をした。ただ、痛み止めの薬のせいか、痴呆が進んでいるせいなのか、同じ話ばかり繰り返していた。家を留守にして泥棒に入られやしないかとか、僕とマサ兄の子供の頃の話とかそんな話だ。母がひっきりなしに話しかけてくるのを僕はただ頷いて聞いていたが、途中で絶えきれなくなり話を中断した。

「ところで、何か足りないものはないのかい?例えば着替えとかティッシュとかスリッパとか。」
「ううん、大丈夫。必要な物はほとんどマサトが揃えてくれたから。あの子は本当に細かいところまで気が利くわね。細かすぎて奥さんに逃げられちゃったんじゃないのかしらね。」
母の毒舌は相変わらずだったが、僕は苦笑いして頷いた。確かに必要なものは見た感じではそろっているようだった。やっぱりマサ兄の仕事は完璧だなと改めて感じた。

それでも母の話には辟易してきていたので、何か飲み物でも買ってくると言って席を立ったとき、母が突然こう切り出してきた。
「あ、シュン君、一つ頼んでいいかしら?家に行ってテープレコーダーを持ってきて欲しいの。テレビばかり見ていても退屈なのよ。それとカセットテープも一緒に持ってきてくれる?」
「いいよ。ちょうど、家の様子も見てこようと思ってたから取りに行ってくるよ。誰のが聞きたいの?美空ひばりや石川さゆりが好きだったよね?」

僕がそういうと母は何かを一生懸命、思い返そうとしてるような表情を浮べた。
「そうね、美空ひばりも聞きたいんだけど…あの曲、何ていう曲だったかしら?若い頃にね、好きだった曲があるの。割とヒットした曲で映画のタイトルにもなったのよ。」
「うーん、それだけだとよく解らないな。曲のイメージとか映画のあらすじは覚えてる?」
「そうねぇ、確か書生さんと大きな会社のお嬢さんが恋をするんだけど、結局は身分の違いやら何やらで、親に別れさせられちゃうっていう切ないお話だったわね。曲の名前は確か、なんとかの『花』だったかしら…。」

母のその言葉を聞いて僕は鳥肌が立った。タイトルに「花」、そして恋の歌…。王妃と同じだ。

「シュン君、その曲のカセットテープを買って来てくれないかしら。今はパソコンで何だって調べられるんでしょ?」
「え、ああ、いいよ、ネットで調べれば解ると思う。探して買ってくるよ。」

それから僕は病院を出て家に行き、瓦礫の山のように様々なものが積み上げられた母の部屋から、テープレコーダーを探し持ち出した。そしてネットカフェで、母の情報を元に曲を調べた。試しに「イベリスの咲く頃」という曲名をドキドキしながら検索をしたが、それはさすがにヒットしなかった。僕の創作した歌なのだから当たり前だが、なぜだか安堵した。

次に母の若い頃なので、おそらく昭和30年代だろうと当たりをつけてみたが、ヒット曲の中から映画になったこと、タイトルに「花」がついているもので検索すると、それらしい曲はすぐに見つかった。おそらく島倉千代子の「この世の花」という曲だろうと思った。映画のタイトルにもなっており、あらすじからして間違いは無さそうだった。その曲を視聴してみて僕は、王妃の物語と現実がリンクしている事を確信した。

繋がっている、アリゼ、やっぱり僕達は何処かで繋がっているよ。リサイクルショップで「この世の花」のカセットテープを購入しながら僕はそう思った。

よろこび去りて 涙はのこる
夢は返らぬ 初恋の花

これが、この「この世の花」の最後のフレーズだった。
やがて母の怪我の治療が終わると、兄は嫌がる母をなんとか説得しホスピスへと転院させた。

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