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王妃のための失われた王国14-君、僕を忘れようとも-

2023年
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タフラは島に帰ると、アリゼの家に行き事情を説明した。アリゼはタフラに礼を言い、プロムスから貰った桐の箱を受け取った。中身は気になったが、ネネの死を受け入れることで精一杯だったので、とりあえず開封はせず放置しておいた。

翌日、ネネの葬儀が行われ、亡骸は共同墓地へと葬られた。幸い、天候には恵まれ空は雲一つ無く晴れ渡り、心地よい海風が墓地にある木々を揺らせ乾いた音を立てた。アリゼはクハニの読経が続いている間、今にも泣き崩れそうになルイカの肩を抱き体を支え続けた。バハリは目を瞑り空を見上げながら独り言のように何かを唱えていた。生前に縁のあった少数の参列者達は、黙祷し涙しながらネネに心から哀悼の意を表した。

王妃はその頃、外遊を終え帰国の途に就いていた。今回の旅で彼女に初めて過去に対する贖罪らしき感情が芽生え、同時に心の中には暗く深い井戸のような穴がぽっかり空いていた。自分が世界で一番孤独な人間のように思えた。早く息子のヒソップに会いたい、彼を抱きしめ慈しむことでしか、この空虚さは決して埋められないだろう、そう思った。王妃は国に戻ると、はやる気持ちを抑えて外遊の報告のため王に謁見をした。

「王様、ただいま戻りました。ご健勝そうで何よりです。」
「デイジー、いや王妃、外遊お疲れ様だった。旅は楽しかったか?」

王は無表情に王妃に尋ねた。
「ええ、おかげさまで船旅は快適でした。諸国を回って色々収穫もありましたし。詳しいご報告は改めてさせていただきますわ。ところで、ヒソップは何処にいるのかしら。」
「ヒソップは今、乗馬と狩りの訓練で遠出をしている。あと2.3日は戻らんだろう。」
「そうですか。武術に励んでいるようで何よりです。それでは私は体調が優れないので少し休ませてもらってよろしいかしら。」

王妃はヒソップにすぐに会えないことを知ると深く落胆した。そして張り詰めていた糸が切れたせいなのか、急に旅の疲れを感じ始めた。

それから少しの間、沈黙があった。王は何かを思案してる様子だったが、突然、胸の前で手を叩いた。すると数名の騎士が一斉に駆け込んできた。
「これは何の騒ぎかしら?」
王妃は何事かと目を丸くして王に尋ねた。
「デイジー、お前には謀反の疑いがある。嫌疑が晴れるまで身柄を拘束させてもらう。」

王がそう言うと騎士達は俄に王妃を取り囲み、左右からその腕を掴んだ。

「謀反って何の事?私は疑われるような事は何もしていないわ。」
「お前は廃墟になった国で、流罪になった前王と会っていた、それも二人きりでな。仲睦まじく話をしていたと聞いている。まさか、あの爺さんと依りでも戻すつもりだったのか?」
「あ、あれは偶然よ。たまたまあの国に立ち寄ったら、あの人がいただけで…。」
「他にも見知らぬ国の商人の船と通信をしたり、得体の知れない小さな島の沖合に何日も停泊したりとずいぶん不可解な事をしていたようだな?すべて報告は受けている。どう釈明するつもりだ?」

「それは、い、色々な事情があったのよ。きちんと説明するから話を聞いて頂戴!」
「その話は後でゆっくりと聞かせてもらおう。王妃を取り調べ室へご案内しろ!」

王の言葉に騎士達は頷き、王妃を引きずり連れ出そうとした。
「待って、これは誤解よ!離してよ、離しなさい!プロムスに聞いてくれれば解るわ。」
王妃は半狂乱になり訴えたが、王は全く聞く耳を持たなかった。そして王妃は王宮の離れにある部屋で取り調べを受けることになった。

連れて行かれたところは小さな窓しか無い、ほとんど日の当たらない部屋だった。ベッドや暖炉などはあり暖を取ることは出来たので、かび臭く薄ら寒い地下牢に比べれば遙かに恵まれた待遇ではあったが、その部屋の閉塞感は王妃をますます暗い気持ちにさせた。

事情聴取は長期間に渡って行われた。王妃は前王に会った経緯については正直に話をした。外遊中に生まれ故郷である祖国の事を思い出し、つい立ち寄りたくなった。その時に不審者を見つけたので捕らえたが、それがたまたま流罪になった前王だった。説き伏せて島に帰そうと思い、二人だけで話をしたが油断をして逃げられてしまった。自分の力を過信していた事を反省していると説明した。

見知らぬ商人の船とすれ違ったのも偶然で、無線機を使い信号を送ったのは名高き豪商の船と知り、取引をしたいと思ったからだと説明した。小さな島の沖合には停泊したのも、同じ民族で言葉の通じる監視員がいると聞き、周辺の島々について情報が得られ、新しい取引ができればと思ったからで、全ては国益のためだったと訴えた。さすがに前王との間にできた息子を探していたとは言えなかったので、その点については、差し支えが無いように話を作り変えた。

並行して流罪になった前王にも取り調べが行われた。前王は「島を抜け出し祖国に戻った時、運悪く王妃に出くわしてしまった。騎士達に捕らえられ厳しく罰せられると思ったので必死で逃げ出した。」と答えた。その後、島の監視兵にも話を聞き、前王が以前から島を抜け出していたことと、それを黙認していた事が解った。当然、その監視兵は厳しく処罰され、前王に対する監視は更に厳しさを増すこととなった。

この前王の発言により王妃の嫌疑は一応晴れたが、不審な点が多かったため国政や外交からは外されることとなった。事情聴取を終えると、隠居した王族が暮らすようなひっそりとした小さな館へと身柄を移された。そこには常に監視兵がおり、行動が制限されていたため事実上の軟禁を強いられる事になった。それは王妃にとっては、屈辱的な事だった。

ヒソップがその館を訪ねてきたのは数日後の事だった。王妃が旅をしていた期間は1年足らずだったが、彼は悠然と馬を乗りこなし、以前とは見違えるほど逞しくなっていた。

「ああヒソップ、よく来てくれたわ。少し見ない間にすっかり立派になって…。母様は誇らしいわ。さぁ馬から降りて、そのお顔をよく見せて。」
王妃は涙ぐみながらそう言ったが、ヒソップは馬から降りず目を合わせようともしなかった。
「ヒソップ、どうしたの?早く馬から降りなさい。貴方の好きだったお花のお茶を入れてあげるから。」
「母様は、流罪になった前王に会っていたんだよね?どうしてかな?」
ヒソップは無表情にそう言って王妃を問い詰めた。王妃はまさかヒソップにそんな事を言われるとは思っていなかったので激しく動揺した。
「あ、あれは偶然なのよ。私は罪人を見つけて捕らえようとしただけ。つい油断して逃げられてしまったけど。本当よ、母様の事を信じて!」
「実際に捕まえたのは騎士達だよね?その場で斬首することもできたんじゃない?そもそも、何であんな廃墟になった国に行っていたのさ?きっとまだ思い入れがあったからだろ?それ自体が王族に対する裏切り行為だよ。母様、僕は今日、お別れを言いに来たんだ。これから母様には二度と会わないもう母様とも思わないし、僕の事も息子と思わなくていい。ただ、今まで育ててくれたことには感謝している。そのお礼だけ言いに来た、礼儀としてね。」
ヒソップはそう言うと、手綱を引き王妃に背を向けた。

「待って、ヒソップ!戻って来て頂戴、お願いだから!」
王妃は泣き叫びながらヒソップの後を追いかけたが振り払われ、途中で地べたに力なく座り込んだ。何故、私がこんな目に遇わなければならないのか?私が一体何をしたというのか?実の息子に縁を切られるほど酷いことをしてきたというのか?王妃は自問自答し、最愛の息子から突きつけられた突然の断罪と決別を嘆き悲しんだ。

それから数ヶ月後に今度はプロムスが王妃の館を訪れた。プロムスも今回の責任の一端を負わされ、すでに王妃の執事の役割は外され閑職に就いていた。

「王妃様、お久しぶりです。もう少し早くお伺いしたかったのですが、私もあれから監視されており、自由に動くことができませんでした。誠に申し訳ありません。それにしてもお労しい限りです。貴方は謀反に関わることなど何もしていないというのに。騎士達には前王やご子息のことは口止めしていたのですが、彼らは王の直属の家臣なので私の言う事など聞いてはくれませんでした。力及ばず情けない限りです…。」
プロムスは今回の件で、騎士達を制御出来なかったことを深く悔やんでいた。また、すっかり変わり果ててしまった王妃の姿に心を痛めた。その時には、王妃は白髪が増え痩せ細り、以前持っていた天真爛漫さは失われ、覇気もなく別人のようになっていた。身だしなみも気にしなくなり、以前は決して着ようとはしなかった地味な服ばかり着るようになっていた。

「良いのよ、プロムス。あなたは本当によくやってくれた。私の我がままをずいぶんと聞いてくれたじゃない、感謝しているわ。こうなったのは全て私のせい。私がおこなってきたことが、全て私に跳ね返ってきているの。これは代償のようなものよね…。」
「そのようにご自分の事を責めてはいけません。確かに貴方の言動や行動の多くは、周囲の人間の気持ちを逆なで、傷つけてきたかもしれません。でも、そこに決して悪意は無かった。貴方は自分のお心に正直に生きられただけなのです。それは誰しもがそう思いながら、嫌われる事を厭い、実行することの出来ない勇気ある行為です。少なくとも私はそういう貴方を尊敬しておりますし、また理解者でありたいとも思っております。」

プロムスはそう熱弁を振るったが、王妃からは何の返答もなかった。それから王妃は突然、鼻歌で何かのメロディを奏で始めた。焦点の合わない虚ろな目をして口元には微かな笑みを浮べていた。プロムスはその姿見て、涙が出そうになった。これが本当に私が仕えていたあの誇り高き美しき女性なのだろうか?きっとヒソップ様に一方的に縁を切られたことで、このお方のお心は壊れてしまったのだろう、そう思った。

「ねぇ、プロムス、この歌はなんていう名前だったかしら?ほら、あのお花畑の出てくる楽しげなピアノのメロディーの…。」
その王妃の突然の問いかけにプロムスは驚いた。ただ、王妃の鼻歌を頭の中で繰り返していると聞き覚えがある歌である事に気がついた。

「少々、お待ちください。…これは確か、フロスが作った古い曲ですな。イベリスという『初恋の思い出』という花言葉を持つ花を題材にした歌です。一見、明るい曲調ですが、中身は子供の頃の初恋の女性と戦争で、生き別れになってしまった事を悲しみ懐かしんでいる、もの悲しい歌でした。」
「思い出したわ。そうよ!『イベリスの咲く頃』って曲。私はこの曲の歌詞が大好きで、子供達に子守歌代わりによく歌っていたの。テリュースもヒースも、そしてヒソップもこの歌を歌うとみんな不思議と泣き止んでおとなしく眠ってくれた…。あの子達はきっと覚えていないでしょうけど。」

「そのような思い出の歌でしたか。そうですな、子供というのは時間の流れが大人とはまるっきり異なっております。次から次へと新しいことに夢中になり、過去を振り返ることはありません。やがて親からも生まれ育った場所からも離れ旅立っていきます。私にも息子がおりましたが、勝手に家を飛び出してしまい、もう数十年会っていません。手紙一つ寄越さないので何処で何をしているやら…。いや、つい私の話になってしまいましたな、申し訳ありません。」

「いいのよプロムス。貴方はあまり自分の事を話さないから聞けて嬉しかった。」
「でもなぜ、この歌を思い出されたのですか?」
「そうね、何故かしらね?そうそう、この館のお庭にね、小さな花壇があるの。そこに咲いているお花を見ていたら急に思い出したの、この歌の一節を。」

「ほう、どんな内容でしたかな?」
「それはね…。」

例え、君が僕の事を忘れ去っていたって構わないさ。
だって僕が君を忘れることは永遠にないんだから…

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