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やんちゃな王子のための失われた王国 1-颯太(そうた)-

2023年
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「ねえ、パパ、今日はどうしても眠れないんだよ。何かお話をして。」
突然、颯太にそう言われて僕は困惑した。最近、颯太は典型的なママっ子で妻にべったりだったから僕は二人っきりで会話らしい会話をしたことがなかったからだ。しかもいつもは一人になると部屋に籠もってゲームばかりしていたので、こちらも放っておいたのだが、今日は少し勝手が違ったようだ。学校で何か嫌なことでもあったのか、もしくは妻に叱られて寂しくなっていたのかもしれない。

それで断ることもできずに僕は慌てて、颯太の部屋にある本棚を物色し始めた。
「そうだな、そういうことならパパが何かお話をしてあげよう、えっとこの中の本だったら何が良いかな。」
「ここにある本はもう全部読んじゃったんだよ。何か新しいお話をして。」
慌てた様子の僕を見て、颯太は少し不満げなそれでいて甘えるような顔をしてそう言った。
「そんなことを急に言われても~パパも困っちゃうな~。」
僕は少しおどけるような顔をして横目で見たが、颯太の表情は全く変わらず僕の方をただじっと見上げていた。まるで雨乞いをする農夫のようにその目は何かを強く訴えているように見えた。

それで僕も覚悟を決めた。なぜだかこのタイミングを逃すと、これから颯太からの信頼を失ってしまうような気がした。だから、話は思いつきの行き当たりばったりでいい。退屈になって途中で颯太が眠ってくれればなおいい、そう思った。

「よし解った。それじゃあ、『やんちゃな王子のための失われた王国』というお話をしよう。」
僕がそう言うと、颯太は一瞬驚いたような顔をしたが、
「いいね、それ。面白そう。聞かせて、聞かせて!」
そう言ってベットから飛び出して、勉強机の椅子の上に飛び乗り椅子をくるりと回転させてから、キラキラ目を輝かせて僕の話が始まるのを今か今かと待っていた。

その日は久しぶりに仕事が早く終わり、家に帰ってみると妻の美穂は出かけていて留守だった。テーブルの上には「会社の飲み会があるから、少し遅くなる。」というメモ書きがあった。スマホにもメッセージは来ていたが、こういう所は相変わらずアナログ人間だなと思った。妻は昼間は働いているが、職場が比較的近いので一度家に帰って食事の支度をしてから出かけたようだった。

テーブルの上には、食べ終えた後の食器が残っていたので、おそらく颯太はすでに食事を終えたのだろう。ただリビングにはいなかったので、すでに自分の部屋にいてゲームでもやっているか寝ているかどちらかだと思った。

それから僕は汗だくになったYシャツを脱いで、楽な服装に着替えてから、リビングに戻った。僕の分のおかずも冷蔵庫に入れてあったが、帰る途中で簡単に食事を済ませてきたので、今は食べる気がしなかった。このおかずはおそらく、明日の僕の昼ご飯になる。美穂が帰ってきたら軽く嫌みを言われるだろうなと思いながら、テーブルにある食器を流しに運んで洗った。

その後はニュースを見ながら、ビールを飲んで、独身気分にでも浸ろうかなと思ったが、やっぱり颯太の事が気になってテレビには集中できなかった。それで、ビールは我慢してスポーツドリンクをラッパ飲みしてから、なるべく音を立てないように静かに階段を上がり、2階にある颯太の部屋まで様子を見に行った。

部屋のドアを開けてそっと中を覗いてみると中は暗く、颯太はすでにベットに横になって寝ていた。安心して、ドアを閉めてリビングに戻ろうと思った時
「ママ?お帰りなさい。」と眠そうな声が聞こえた。
「いや、パパだよ。寝ているところ起してごめんな。」
そう言って謝ってドアを閉めようとしたが颯太は
「パパ?ちょっと待って!」
とびっくりするくらい大きな声で返事をしてから部屋の灯を点けた。
そして僕は思いもよらず、颯太にお話をねだられることになってしまった。

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コメント

  1. より:

    作品が掲載されてから、時間経ってしまいましたが、改めてコメントさせていただきます。
    話の始まり方がよく、話への導入がいい感じと思います。話の時系列の構成がすごくいいと思います。
    子供に行き当たりばったりで話し出すのが、行き詰まってしまうんじゃないかとドキドキしてしまいます。
    自分でも行き当たりばったりで話した事があって、本当に行き当たりばったり過ぎて、話がまとめられなかった経験から、ドキドキしてしまいます。

    • コメントありがとうございます。実は前作を書き上げてから、当分小説は書けないかなと思っていたところで、この小説の発想がポンと出てきて見切り発車で書き始めました。だから、初めは展開も結末も全く決まっておらず、主人公の気持ちと同じでした。でも途中から子供に話す内容だけでは物足りなくなってどうしようかなと思い始めて、主人公が語る大人向けの内容の2重構成にしたら面白いんじゃないかと思うようになりました。書き始めてドキドキしていたのは実は自分でした(^^;)

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