煙草 タバコ 監禁 トラウマ 弱さ ジャックナイフ 夢 脱走 | ねじまき柴犬のドッグブレス

ハートに火を点けて 10 2030/2/8 絶望

2023年
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・2030年2月8日(金)

それからの2週間は、監禁され一歩も部屋から出る事を許されなかった。実際にされた事はなかったが、留置所に拘留されると、こういう気持ちになるのではないかと思った。

食事は1日に3回、虚ろな目つきをしたベルボーイの青年が、部屋にやってきて無言で置いていき、食べ終えた食器を回収していった。僕は試しに「家族に電話をしたいので、公衆電話のあるところまで行ってもいいかな?」と聞いてみたが、彼は僕の方を見ようともせず部屋から出て行った。

ひょろっとした体格の青年だったので、力尽くで外鍵を奪ってしまおうかという考えも頭をよぎったが、腰のあたりに刃渡り15センチくらいのジャックナイフをぶら下げているのが見えたので、その試みは断念した。

これからどうすればいいのか全く解らなかった。ひょっとしたら、サキからのメッセージが来ていないかと端末を10分おきくらいにチェックしていたが、あれから一切来ていなかった。レビューも全く書く気がしなくなっていた。

やる事がなくなって、ひっきりなしに煙草を吸っていた。吸い過ぎて気持ち悪くなりすぐに消していたが、気がつくとまた別の煙草に火を点けていた。体に悪いとは思ったが、極度のストレスから吸わずにはいられなかった。そのため僕の体調はみるみる悪化していった。

それでも自分なりに考え抜いて、ようやく一つの施策にたどり着いた。それは「一人で考え込まない事」というサキの言葉がヒントになっていた。時間的にはぎりぎりだったが試してみる価値はある、そう思った。

僕はフロントに電話をして、なるべく平静を装ってルームサービスでカフェオレを頼んでみた。断られるかと思ったが、意外な事にフロントの女性は、あっさり注文を受付けてくれた。そして最後に「できればいつもの人に。」というと「かしこまりました。」と言って電話を切った。

それから少ししてヒラヤマが部屋にやってきた。僕は「やあ、久しぶり。」と声をかけたが、彼は僕の事を完全に無視して、カフェオレを無言で机の上に置いた。以前のおどけた様子は全くなかった。

「ずっと部屋の中にいて退屈しているんだ。少し話し相手になってくれないか?」
僕はそう言ってみたが、食事を運んでくる青年と同様に無表情で全く反応がなかった。それから彼はすぐに部屋から出ようとしたので、僕は慌てて引き留めた。
「ラッキーストライクがあるんだけど吸ってみたくないか?」

彼はその言葉に興味を示したようだった。それから急に立ち止まり、そわそわとし始めた。そして僕がラッキーストライクを手渡すと、視線をキョロキョロさせながら「まぁちょっとだけなら。」と言い、ベットに腰掛け素早く箱から1本を抜き取り、美味しそうに吸い始めた。僕も彼の隣にそろりと腰掛けて、一緒に煙草を吸った。彼は無言のままだったが、この部屋に来た時より、少し表情が緩んでいるように見えた。

僕は今が頃合いとみて立ち上がり、机の引き出しを開けた。その中には、僕がここで働いて得た全ての報酬がむき出しの現金で入っていた。

「単刀直入に言う。この金を全部あげるよ。その代わり、ここから抜け出す手伝いをしてくれないか?金に困っているんだろう?」

僕がそういうと彼は少しの間、目を丸くして現金を眺めていたが、突然、立ち上がり僕の胸ぐらをつかんだ。そして僕の体を窓際の壁に突き当たるまで押しやり、腰に差していたジャックナイフを抜いた。「殺される!」そう思った瞬間、ジャックナイフは僕のこめかみをすれすれにかすめ、鈍い音を立てて壁に突き刺さった。彼の目は血走っており、そこには尋常ではない怒りと狂気のようなものが感じられた。

「俺を舐めるなよ。キドさんから、傷物にするなって言われてなかったら本当に殺ってたぜ。」
彼は吐き捨てるようにそう言った。

僕はその場で力なく座り込んだ。死に直面した恐怖心からか、下半身に全く力が入らなかった。

それから彼は壁に刺さったジャックナイフを引き抜き、素早く部屋を出て行こうとしたが、なぜか引き抜く事ができないようだった。悪戦苦闘をした末に諦めたのか「そのナイフを使って何かしでかそうなんて思うなよ。今度は脅しじゃすまないぜ。」と僕に釘を刺し部屋を出て行った。

僕は座り込んだまま、頭を抱えた。僕が考えた事は、どうしていつもろくな結果にならないのだろう。これが、もしキドに知られたら状況は更に悪化するだろうか。あるいはあがき苦しんでいる事に一層満足して高笑いをするだろうか。

僕はヒラヤマが残していったジャックナイフで頸動脈を切り、この部屋で血まみれになって死んでいく自分の姿を想像した。もう、あらゆるものから解放されたかった。全てを終わりにしたかった。振り返ってみて何の価値も無かった、空虚で負け癖の染みついた人生自体を。それにそうすればキドにも一矢報いる事もできるだろう。

僕は最後の力を振り絞って立ち上がり、ジャックナイフを引き抜こうとした。でもそれはどうやっても抜けなかった。全体重をかけて何度も引っ張ってみたが微塵も動かず、そのうちに汗で手が滑り、反動で倒れ大きく尻餅をついて、ベットの角に頭をぶつけた。

「ふふ、へへ、ははは…」
強い衝撃と痛みがあったが、気がつくと僕は声を出して笑っていた。自分のやっている事が、あまりにも馬鹿らしくなっていた。

「タダノ君、君は病んでいるよ。」
そう声に出して言ってみるとなおさら可笑しくなり僕はベットまで行き、飛び込むようにして寝転んでで、体をよじりながら笑い続けた。

お腹が痛くなるほど笑い続けていたが、同時に涙が頬を伝ってとめどなくこぼれ落ちた。僕はもう自分の感情を制御する事ができなくなっていた。一方でどうせ明日には植物人間のようにされてしまうのだろう、壊れてしまったって同じ事だと、そんな自分を俯瞰して見ていた。

泣き笑い尽くすと極度の疲労感から、僕は突然強い睡魔に襲われた。あがく事を諦めて緊張感から解放されたせいもあるのだろうか。それでも監禁されてからは、ろくに睡眠を取れていなかったので、久しぶりに熟睡できるのかなと思うと少しありがたかった。

それから意識が急速に遠のいていったが、眠りにつく直前、サキの声が聞こえたような気がした。

「遅くなってごめん、ラクダ。」

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