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王妃のための失われた王国3-美穂のきまぐれ?-

2023年
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久しぶりにやんちゃな王子の夢を見て、僕は少なからず驚いた。物語は兄とのエピソードで終わりだと思っていたがどうやらまだ続きがあったらしい。夢で見たストーリーの背景に一体何があるのか?僕は仕事中に同僚の呼びかけにも上の空で、その事をずっと考え続けていた。

そのため今日はもう仕事にならないと思い、定時で仕事を終えて帰宅する事にした。そして帰り電車の中で思いついた事をLineのメモにひたすら打ち続けていた。物語を忘れないようにするため、いつの間にか文章化しておく事が習慣になっていた。

家に帰ると妻の美穂はすでに帰宅していて、食事を終えていた。颯太は部屋でゲームをしているか、本を読んでいるのだろうか?リビングにはいなかった。

「お帰りなさい、今日は早かったのね。」
「ただいま。思ったより仕事が早く終わってね。残業しないで済んだんだ。」
本当は連休開けで仕事は溜まりまくっていたが、とりあえず美穂にはそう言っておいた。

「そう、じゃあご飯にする?それとも先にお風呂に入ってくる?」
「そうだな、結構、汗をかいてるから先に風呂に入ってこようかな。」
「わかったわ。じゃあ、その間に晩ご飯の用意をしておく。」
「ありがとう。悪いけど頼むよ。」
僕はそれから、手早く風呂に入り着替えてからリビングに向かった。

晩ご飯のおかずは、大根と鶏肉の煮物とサラダだった。煮物は作り置きをしておく美穂の定番料理だったが、一晩冷蔵庫に入れている間に味が沁みていて僕のお気に入りだった。味噌汁は具がタマネギだけのシンプルなものだったが、隠し味にバターが少しだけ入っており、風味が良くとても美味しかった。

僕がご飯を食べている間、美穂はすでに350mlの缶ビールを1缶開けていた。
「ねぇ、たまにはあなたもビールを飲まない?」
その時、不意に美穂がそう言ってきた。僕はお酒が弱いので平日はほとんどお酒を飲まなかったし、美穂もそれを知っていたので、晩酌を勧めてきたのはかなり珍しい事だった。
「いや、どうしようかな。知っての通り、俺はすぐ眠くなっちゃうから。」
「大丈夫でしょ、少しくらいなら。それにたまには付き合って欲しいのよ。いつも一人で飲んでいるのも味気ないし。」

美穂はお酒が好きで毎日のように晩酌をしていた。普通の家庭とは夫婦のパターンが逆転していたかもしれないが、これは体質と嗜好の問題なので特に気にしてはいなかった。ただその日は、美穂の様子がいつもとは少し違うような気がしたので、僕は断らずに晩酌に付き合う事にした。

「それじゃあ、少しだけ付き合おうかな。」
僕がそういうと美穂は満面の笑顔でうなずき、冷蔵庫から500ml缶のエビスビールを取り出し、わざわざ江戸切子の彫刻加工をしたグラスまで出してきた。これは友人の結婚式の引き出物でもらった美穂のお気に入りのものだった。

「それじゃ、今日もお仕事、お疲れ様。」
お互いのグラスにビールを注ぐと僕達は乾杯した。普段は飲まないとはいえ、汗をかいていたし風呂上がりだったせいか、その日のビールは格別に美味しく感じた。

「お疲れ様。たまには平日に晩酌も良いね。ところで颯太はもう寝ちゃったのかな?」
ビールを飲んで一息つくと、ふと颯太の事が気になったので美穂に聞いてみた。
「颯ちゃんは、もう寝ちゃったわ。今日、体育の時間にサッカーをして走り回ったから疲れちゃったみたいね。あんまり上手にできなかったってちょっと落ち込んでたわ。やっぱりスポーツはあんまり向いてないのかしらね。」

「そうなんだ、颯太はどっちかっていうとインドア派なのかな?まぁ向き、不向きってあるよな。」
僕もスポーツが得意ではなかったので、颯太の気持ちはよく理解できた。
「でも大丈夫よ。あんまり引きずらない子だから、明日にはケロッとしているわ。」
美穂がそう言って微笑んだので、僕も安心して頷いた。

それからニュース番組を見ながら、今日起きた出来事についてなんとなく話をしていたが、僕はその間も物語の続きを書きたくてうずうずしていた。それで食事を終えるとすぐにロフトに行くことを告げた。僕の家には2階の屋根裏のような所に3畳ほどのスペースがあり、お互いにちょっと一人で本を読んだり、ネットで買い物をしたい時などに利用していた。

「悪いけどちょっと調べ物があるんで、洗い物を頼んでもいいかな?ロフトにいるから何かあったら呼んでくれていいから。」
そう言ってリビングのドアを開けようとした時、美穂は不意に僕に声をかけてきた。
「ねえ、それは急ぎでやらなきゃならない事?そうじゃなければ、もう少し付き合ってくれない?」
少し甘えるようなそれでいて強い口調だった。

「いや、急ぎって訳じゃないけど、何か話でもあるのかな?」
僕は咄嗟に、颯太の事を思い浮かべた。最近、成績が芳しくないから塾に行かせたいとか、イジメにあっているとか何か良くない事があったんじゃないかと思いを巡らせていると、美穂は全く予想もしていなかった事を言い出した。

「そうじゃないわ、私があなたの話を聞きたいのよ。王子の話の続きをね。調べ物っていうのは方便でしょ?最近、何かを夢中になってパソコンに打ち込んでるわよね?それって王子の話じゃない?」
いつも不思議に感じている事だが、なぜ美穂には僕が何かをこっそりとやろうとすると気づかれてしまうんだろうか?僕の表情やら態度から直感的に読み取っているのかも知れない。そのため下手な口実は通じないだろうと思い正直に話すことにした。

「いや、参ったな…。べっ別に隠していた訳じゃないんだよ。話すだけだとすぐ忘れちゃうだろ?また颯太に話せるように残しておきたいなと思って打ち込んでいるだけなんだ。でも子供向けの話だから君に話しても、大して面白いもんじゃないと思うんだけど、どうだろう?」
「面白いか面白くないかは私が判断することでしょ?それとも颯ちゃんには話ができて私には話ができない理由でもあるの?」

美穂は口調こそ穏やかだったが、据わった目で僕を見つめており、断りづらい雰囲気を醸し出していた。美穂はあれから僕と颯太の関係性が変わってきた事を喜んでいてくれていたが、あるいは自分だけが情報共有されず、取り残されたような気持ちになっていたのだろうか。

それで僕も覚悟を決めた。ここで断ってしまうと、これから美穂との信頼関係が薄れてしまう気がしたからだ。話は颯太の時と同じように、思いつきの行き当たりばったりでいい。途中で退屈してくれて「もうそこまででいいわ。」と言ってくれれば、なお良いと思った。

「解ったよ、じゃあ聞いてくれるかな?実は今、王子の話の続編を考えていたところなんだ。前に王子の物語のあらすじを話したけど、まだ覚えているかな?今回は王子が貨物船で逃亡した後に残された王妃の物語になるんだけど。『王妃のための失われた王国』っていうのが仮のタイトルだ。」

「だいたい覚えているわ。王妃の物語なの?面白そうね、ぜひ聞きたいわ。ちょうど撮りためていたドラマも全部見終わっちゃったところなのよ。それに今日はまだ時間もたっぷりあるしね。」

僕がそう言うと、美穂は「ちょっと待ってて。」と言って手早く洗いものをすませて、ロゼのハウスワインの小瓶とワイングラスを取り出してきた。どうやら腰を据えて話を聞くつもりのようだ。それから手酌で注いだワインを一口のみ、少しとろんとした目で僕の事を無言で見つめていた。

僕は美穂にあまり期待を持たせないように、また自分自身もあまりダメージを受けないようにあらかじめ断りを入れておくことにした。

「でも本当にまだ、途中までしか考えていないんだ。だから矛盾もあるだろうし、尻切れトンボになっちゃうかもしれないけど、そうなったら中断してもいいかな?」
僕は美穂を横目で見ながら、なるべく平静を装ってそう言ったが美穂はあっさりと返してきた。

「ノープロブレムよ。話に詰まったら一緒に続きを考えればいじゃない。一人で考えるよりもきっと良いアイデアが出てくるわよ、私だってダテに色んなドラマを見ているわけじゃないんだから。」
美穂はリラックスさせるためにそう言ったのかも知れないが、逆に僕の緊張感は高まる一方だった。子供の颯太に話をするのと、妻とはいえ酔っ払った大人の女性に話をするのとは勝手が違いすぎた。何よりもテレビドラマより面白い訳がないのだ。

それから急に喉が渇いてきたので、ビールを一口飲んでから考えをまとめ始めた。さてどうしようか?まずは昨日見た夢の前説、背景となる物語が必要だった。その時、iPhoneの液晶には20:20と表示されていた。残念ながら話をする時間は充分に残されていた。

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