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ハートに火を点けて 14 2030/2/9 終結

2023年
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・2030年2月9日(土) 終結

施設から脱出した僕たちは暗い夜道をとぼとぼと歩き、ようやく歌舞伎町までたどり着いた。近くのコンビニでトイレを借り、体を温めるためホットコーヒーを買ったが、時計を見るとすでに夜中の3時過ぎだった。始発電車までは時間があったし、かといってビジネスホテルを探すには遅い時間だったので、たまたま見かけた小さな公園で時間を潰すことにした。

二人でベンチに腰掛けてコーヒーを飲んだ。リュックの中には、まだ友人から送ってもらった紙巻き煙草が残っていたので、二人で分け合って吸った。疲れきっていた体にニコチンが一気に染み渡り、緊張していた神経が少しずつほぐれていった。

「さすがにこの時間は寒いですね。」
ヒラヤマが手をこすりながら言った。
「そうだね。でも時間もない事だし、そろそろ今回起きた事件のあらましについて、説明してくれないか?」
僕がそう言うと、彼は頷いてゆっくりと話し始めた。

「あまり詳しくは話せませんが、私はマトリの捜査員のようなものです。あの組織には以前から怪しい所があり調べていました。行方不明者が出たり、社会復帰をしても廃人のようになって戻ってきていましたので潜入捜査に入ったんです。そして、ようやく薬物のようなものが使用されていた形跡も見つけることが出来ましたので、本部に通報をしました。ですからこれからあの施設には家宅捜索が入る事になるでしょう。もっと多くの人を逃がしてあげたかったのですが、結局ラクダさんしか救えませんでしたね。声をかけたのですが、皆、無気力になっていて逃げたいという気持ち自体が無くなってしまったようでしたので、無理強いはできませんでした。」

「なるほど、そういう事だったのか。」
僕はそう言って、iPhoneのバッテリーがまだ残っているのを確かめてから、彼の写真を撮った。
「いきなりどうしたんですか?」
突然フラッシュをたかれたので、彼は本当に驚いているようだった。

「なぁ、あれだけの事があってそんな話を信じられると思うか?本当の事を教えてくれないか。俺は今の写真をSNSで拡散することもできる。そうするとお前も組織も困るんじゃないか?これは一種の取引だと思ってくれていい。」
「…参りましたね。それは確かに困ります。いいでしょう、何が知りたいんですか?私の答えられる範囲ならお答えします。」
彼は頭をかきながら、苦笑いして言った。

僕は今まで起きた事から、自分なりに考え抜いた推論を口にした。
「そもそもあの施設は、全て俺が作った仮想世界だったんじゃないか?だから闇バイトの連中やフロントやベルボーイの人間なんか実際には存在していなかった。」
「それは仰る通りです。あの施設も中の人間も現実社会には存在しないものです。」

「そしてキドは俺自身だろ?俺は自分の分身を殺したんじゃないのか?」
彼は首を振り、きっぱりと否定した。
「いいえ、それは違います。キドは根源的な悪で、あなたの中には決して存在しないものです。」
「なるほど。それは少しは救いになったな。でもキドも俺の想像の産物だとしたら、なぜ、自分の意思を持っていたんだろう?しかも俺を罠にはめて破滅させようとしていた。理由が解らない。」

そこから先の話を彼はあまり話したくなかったのか、少し長い沈黙があった。その間に遠くで夜中まで酔っ払って騒いでいる若い連中の声が聞こえた。今の自分たちはそんな連中からは、人目を忍んで会っているゲイのカップルのように見えるんじゃないかとふと思ったりした。僕がそんな事を考えていると、彼は新しい煙草に火を点けて深く吸い込み、ようやく重い口を開いた。

「これから話すことはあくまで、仮の話として聞いてください。例えばある人が以前に深く親交していた人に、とても会いたいと思っていたとします。でもすでに片方の人は、ある事情で現実社会で会う事は叶わなくなっていた。そのため二人が会うためには、その媒介となる世界を作るしかなかったんです。普通はそんなことは到底できません。でもお互いの強い想いが、それを可能にするための仮想世界を作りあげたんです。」

僕は頷いた。僕にどうしてそんな事ができたのかは解らない。ただそう考えれば全ての帳尻は合う。

「ただ誤算だったのは、その中で偶然にも根源的な悪を持つ人物が生み出されてしまい、しかも自分の意思を持ってしまった事です。そしてそいつは事もあろうか、自分を作り出した人間をも取り込もうとしたんです。教育型AIがクーデターを起して人間を支配しようとするようなものです。それだけは絶対に阻止しなければなりませんでした。もしそうなってしまったら、現実社会にも少なからず影響を及ぼす可能性があったからです。」

「つまり、一人の人間が大切な人に会いたいがために仮想世界を作ったが、それが暴走を始めて世界を危険に晒すことになった。これは完全にそいつのエゴが引き起こした事件になるよな…。」
僕は自分がおこなったであろう行為に罪悪感を覚えた。そして自分もキドと同類の怪物のように思えてきてやりきれない気分になった。

「そうですね。完全なエゴで、しかも限りなく利己的で常軌を逸した行動です。でもタダノさん、あなたはそういう強引な方法でないとサキさんには会えないことを無意識のうちに知っていた。またサキさんも、そんなあなたの気持ちに応えたかった。だから自然界の法則に逆らうリスクを冒してでも、あなたに会いに来たんですよ。そしてキドという根源的な悪の存在がいる事を知り、あなた自身が失われないよう必死で守ろうとしてくれた。あの人の協力がなかったら、私達の脱出は困難だったでしょう。サキさんには感謝をしてもし足りません。」

僕は深く頷いた。ヒラヤマはやはり僕やサキのことを知っていたようだが、予想はしていたので驚きはしなかった。

「君はサキに頼まれて俺を助けにきたのか?」
「いえ、私は自然界の秩序を守るため、ある組織から派遣されてきました。だからサキさんとは一度も面識はありません。それに私は正直言って初めはこの仕事に乗り気ではなかったんです。なんといっても一人の人間のエゴが招いた結果ですからね。その尻拭いはごめんだと思っていました。それでも…」

ヒラヤマはそういうと黙って空を見上げた。彼の中で何かの感情がこみあげてきているようだった。

「それでもこんな凄い事って、あり得ますか?人が人を想う気持ちがあれだけの規模の仮想世界を作り上げてしまうなんて…。これはお互いによほど強いシンパシーがなければ成し得なかった奇跡です。私は今までこれほどまでに強い想いを持った人間に出会った事はありません。また私自身の中にもそのような強い感情が存在した事もありません。ですから私はお二人の行動には、畏敬の念と感動を感じざるを得ませんでした。だから世界というよりは、お二人を私の全ての能力を使い切ってでもお救いしたいと思っていました。」

気がつくと彼は背中を丸めて俯き、涙ぐんでいた。その姿は初めて見た時の20代のやんちゃな若者ではなく、長く苦難の多かった人生を歩んできた老人のように見えた。

僕はそんな彼を見ていて、尋問をしているような気分になり、同情の念を覚えた。それでも概要は理解できたが、いくつかの不明点があったので簡単な質問をした。

「部屋に残していったジャックナイフはアンテナの役割をしていて、そのおかげでサキに会えたんだよね?それからZIPPOのライターには、サキがクィーンのカードを燃やせるように何かの力を与えてくれてたのかな?」

「ええ、ええ、そうです、そうです、ジャックナイフは私がアンテナになるように細工しました。ZIPPOのライターにもおそらくサキさんのあなたを救いたいという想いが宿っていたと思います。それにしても具体的な話をしてはいけなかったんですが、私は少し喋りすぎてしまいましたね、始末書ものです、はは…。」
彼は少し声を詰まらせながら、たどたどしく答えた。

「それより、ちょっと冷えてきましたね。熱いコーヒーをもう一杯飲みたくないですか?」
彼はそう言って、5、6m先にある自動販売機を指さした。
「奢りますよ。何がいいですか?」
「いいね。微糖があればそれがいいな。」
彼は頷いて、自動販売機の方へゆっくり歩いて言った。

僕はその間に、さっき撮ったヒラヤマの写真をチェックした。不意を突かれて驚いた姿がはっきりと写っているのを確認し安心した。

その後、ゴトンという缶コーヒーが落ちる音がしたので前を見ると、彼はそこから消えていた。僕は自動販売機の前に行き、隈なく周辺を見渡したがすでに彼の姿は何処にも無かった。それから、熱い缶コーヒーを握りしめながら、直感的にこれからヒラヤマに会うことはおそらく二度と無いだろうと思った。そう思うと、名も知らぬ無人島に漂流して、たった一人でとり取り残されてしまったような寂しさがこみ上げてきた。

それから僕は近くの漫画喫茶で時間を潰してから、新宿駅で京王線の始発電車を待ち、久しぶりに帰宅の途についた。ベルボーイの制服を着たまま電車に乗ったが、誰も気にするものはいなかった。

家に帰るとすぐにスウェットに着替え、手も顔も洗わずにそのままベットの上に倒れ込んだ。久しぶりに深い眠りがやってきた。これで本当に全てが終わった、ようやくそう思えた。

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コメント

  1. より:

    ヒマラヤが自販機でコーヒーを買っている時に居なくなるとは、予想もしてなかったので、居なくなったと言うか、消えてしまったと衝撃でした。
    ラクダのいた世界の成り立ちも分かりなるほどと思いましたが、ヒマラヤの消え方が本当に衝撃的でした。

    • いつもコメントをありがとうございます。ヒラヤマ君は物語の最後を締めくくるキーパーソンであり大切なパートナーでした。様々なパーソナリティーを持っており、つかみ所がないキャラ設定だったのですが、結局は実在しないシュールな存在だったのでああいう去り方が一番合っているのではないかと思いました。衝撃的と書いていただいてそれが伝わったかなと思い、嬉しく思います。>柴犬

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