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やんちゃな王子のための失われた王国 4-船長との出会い-

2023年
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「パパ、そこまで話して終わりはないよ。続きが気になって眠れないよ。全然眠くないから、続きを聞かせて。」
颯太がそう言ったので、僕も「さて、これからどうしよう?」と思いながらも話を続けることにした。

「お城の人達が王子がいなくなったのに気づいたのは、翌朝になってからだった。朝食の時間になっても王子がまだ起きてこないので、使用人が部屋まで呼びに行った。王子はよく寝坊をしていたから、またかと思って部屋に入ってみると中はもぬけの殻だった。それでお城は大騒ぎになった。王様は、街中を隈なく捜索するように命令を出した。王妃は泣き崩れて、寝込んでしまった。捜索は何日も続いたんだけど見つかるはずはなかった。だって王子は、もう海の上にいたんだからね。誰も、幼い王子が港まで行って貨物船に乗っているなんて思いもしなかった。それで結局は、山犬に食べられてしまったんだとか人さらいに捕まって異国に売られたんだとか色んな噂が流れた。」

「王子はうまく逃げ出すことができたんだね。それが良かったのかどうかわからないけど。」
颯太は俯きながら、寂しそうにつぶやいた。

「そうだね。でもそれからの王子は大変だったんだ。まず布袋にパンや果物を詰め込んできたんだけどあっという間に食べ尽くしてしまった。水筒の水も空になっていたので、喉が渇いて仕方がなかった。それで積み荷の部屋を出て、船の中に水瓶を探しにいったら、あっさりと船員に見つかってしまったんだ。船員達は白い肌と金色の髪の王子を見てとても驚いた。それでも身なりの良い服を着ていたから親に引き渡せば、お礼にたくさんの金貨や食べ物がもらえるんじゃないかと大喜びした。それで船長に小さな国に一度引き返そうと提案をしたんだけど船長は反対して、浮かれている船員達をなだめた。」

「それはなんで?船長はお金があんまり欲しくなかったの?」

「いや、船長も貧しい暮らしをしていたからお金は欲しかったんだ。でもなんで異国の幼い子供が、この船に忍び込んでいたのか、その理由を知りたかったんだ。それで船長は王子に問いただすことにした。他の船員は自分の国の言葉しか喋れなかったけど、商売をしていたから船長だけは王子の国の言葉を少し話すことができたからね。」

「船長は王子になんて話しかけたの?」
颯太がそう言うと僕は軽く頷いてから、船長と子供の一人二役になって話を続けた。

船長は背が高くてよく日焼けをした大男だった。髪は黒く肩まで届くような長髪で、右腕と目の上には大きなナイフの切り傷のようなものがあった。船長は船員に王子を船長室まで連れてこさせると大きな体を揺すりながら、王子にこう問いただした。
『お前はなぜここにいる?俺の船に勝手に乗る奴は子供だろうが何だろうが許すことはできない。お前は何者だ?』
王子は鋭い目つきをした大男の船長に睨まれ、すっかり怯えてしまい、返事ができなかった。

『黙ってちゃ解らない。なんとか言え。』
船長は、初めは脅かせば何か答えるだろうと思っていたんだけど、すぐにそれが逆効果だと解った。頭のいい人だったんだんだね。そこで作戦を変え、王子を諭すように声を少し和らげて優しく話すようにした。

『お前は異人だ。このまま船に乗せて行くわけにはいかない。それにお前の親だって心配しているだろう。これから引き返してお前を故郷に帰してやろう。それでいいな。』
船長がそういうと、王子は勇気を振り絞ってこう言った。

『僕は王子なんだぞ。僕に何かしたらただじゃすまないぞ。水と食べものを持ってきてくれ。喉がカラカラなんだ。』

船長は、無理して強がって生意気な事をいう王子の事がおかしくて仕方なかったが、笑いを堪えながら尋ねた。
『その王子がなんでこんなボロ船に乗っている?それに確かあの国は、占領されて王が追放されたはず…。ははぁ、待てよ、そうかお前はあの取り残されたあの王子か。』

『うるさい!そんな事はどうでもいい。早く水と食べものをよこせ。』
王子は取り残されたっていう言葉にすごく腹が立って、思わずこう叫んだ。

『口の聞き方を知らない奴だ。さぞや甘やかされて育ったんだろうな。いいか、お前は自分の立場を分かっていない。この船の中では、俺が王だ。お前はただ、屋根裏に潜り込んだネズミと同じだ。いつ殺されてもおかしくないんだぞ。でももし、お前が頭を下げて、自分の故郷に帰してくださいと頼むのなら、これから船を引き返してやってもいい。』

船長は、小さな国の事情をよく知っていた。前の王様が追放されたことや王妃と幼い王子だけが取り残されたことをね。それで王子のことはかわいそうな子だと思ってはいたけど、やっぱり一緒に連れて行くつもりは全くなかった。

その後、王子は下を俯いて消え入るようなとても小さな声でこう言った。
『僕には、もう父様や母様はいない。だからいなくなっても誰も心配なんかしやしない。』

『そうか、それは気の毒な事を聞いたな。それでも、お前の生まれ故郷なんだろ、あの国は。このままこの船に乗っていると一生帰れなくなってかもしれないぞ。それでもいいのか?』
王子が黙っていたので、船長は深いため息をついて、こう言った。

『ともかく、引き返すぞ。生まれ故郷に帰る事がお前とって一番良いことだ。』
船長がそう言うと王子は突然、船長の方を見上げて強い口調でこう言った。

『僕にはもう帰るところがないんだよ…。』

それから王子の目から、突然大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。今まで我慢してため込んで感情が一気に溢れ出てきたんだ。王子はそれ以上何も喋ることはできなくなってしまった。それを見た船長はチッと舌打ちをしてから、こう言った。

『そんな事は俺の知ったこっちゃ無い…。ちょっとここで待っていろ。』
船長は部屋を出て少ししてから王子の所へ戻ってきた。その両手には水筒とパン、果物や干し肉のような食べ物を抱えていた。

『まずはこれをたらふく食べてお腹をいっぱいにしな。それからベッドのある部屋を貸してやるから、そこで今夜一晩ゆっくり眠るんだ。そして明日の朝になったら、戻るかどうかはお前自身で決めるんだ。いいな、よく考えるんだぞ。言っておくがもし、この船にずっといるつもりなら、タダ飯を食わせるつもりはない。働いてもらうからな。』

王子は頷いて船長から水と食べ物を受け取った。その間も涙はとめどなく流れていた。船長はこれ以上、王子をどう扱っていいかわからず、船員の一人を呼んで王子をベッドのある部屋まで案内させた。

その晩、王子は船長からもらった食べ物を食べてから久しぶりにベッドの上で眠った。干し肉は子供の王子には固くてしょっぱかったし、果物は少し傷んでいたけど、今までこんなに美味しい物は食べたことがないと思うくらい美味しかった。本当にお腹が空いていたんだね。ベッドもいつも王子が寝ていたものとは比べものにならないくらい粗末なものだったけど、積み荷の部屋の木の床に比べたら羽毛みたいに柔らかく感じて久しぶりにグッスリと眠ることができた。

「次の日の朝、王子は波の音と船室の窓から差し込む朝日で目を覚ました時、こう思った。『僕はもう王子じゃない。もう何者でもないんだ。』ってね。それは王子にとってはとても悲しい事だったけど、その代わりに何かこれから新しい世界で新しい自分に出会えるんじゃないかって気持ちが、ちょっとだけ芽生えていた。幼い王子にはその気持ちがどういうものなのか、その時は自分でもよくわかっていなかったんだけどね。颯太にはちょっと難しかったかな。」

「うーん、僕にはよくわからないよ。だって王子になんてなったことがないんだから。」
颯太が真顔でそう言ったので僕は、思わず吹き出してしまった。
「そりゃそうだ。でもね、簡単にいうと子供が大人になっていくためには階段みたいなものがあるんだよ。普通は一段一段、ゆっくり上っていくものなんだ。その間に色んな経験をして、生きるために必要な知恵とか力とか友達の作り方みたいなものを少しづつ身につけていく。でも王子はいきなり大きな鳥みたいみたいなものに捕まれて、高いところに運ばれて階段を上らずに落とされちゃったんだ。だから必要な準備もなしにいきなり大人になるしかなかった。それはとても大変なことだったんだよ。」

「パパはどうだったの?王子みたいにいきなり大人になったりはしなかったの?」
「え、パパがどうだったかって?」
颯太が突然、そう言ったので僕は動揺をしてしまったが、それを見せないように笑ってこう言った。
「うーん、パパはそんな事なかったな。だって颯太とおんなじで王子になんてなったことないしね。」

その時、iPhoneの液晶には21:35と表示されていた。さすがに颯太はあくびをしたりして眠そうだったが、僕は颯太に「続きは明日にしよう」と言う気持ちにはどうしてもなれなかった。それは作り手の僕自身がいつの間にか、この物語の虜になっていたからかも知れない。

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