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やんちゃな王子のための失われた王国 外伝 最終話-物語の持つ力-

2023年
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僕は食事はそこそこに、浴室へ向かいながら物語の締めくくりを思い描いていた。それは偉大なる豪商、イルファンのその後の命運についてだ。

目を開くと、そこには見知らぬ萱葺き屋根の天井があった。さっきまで弟のヒースの叫び声のようなものが聞こえていた気がしたが、あれは空耳だったのか?イルファンは咄嗟に起き上がろうとしたが、思うように体を動かす事ができなかった。その時、唐突に若い男の声が聞こえた。

『目覚められたようですね。本当に良かった。でもまだ無理をしてはいけない。あなたは高熱にうなされ、数日間意識がなかったんです。』
青年はそう言ってイルファンを優しく諫めた。
青年の言葉は【お国】の言葉ではなく、その島固有のものだった。多少の訛りはあったが、幸いな事にアリゼの島の言葉に近かったので、どうにか意味は理解する事ができた。

『さあ、これをお飲みなさい。血の巡りが良くなり、体が元気になります。』
青年はそう言ってイルファンの体を優しく起し、丸い木製の器にいれたゼリー状の食べ物をさじを使って口元まで運んだ。今まで食べた事のない、甘く冷たくて優しい味がした。
『ここは何処なんだ?俺の船は?他の船員達は?積み荷はどうなった?』
イルファンがようやくの思いで声を出すと、彼は静かに首を振り答えた。

『船は岸壁に叩きつけられて、沖合に沈みました。あなたが波打ち際に倒れていたのを見つけて、私は自分の家までお連れしたんです。でも私が見つけたのはあなただけで、他の船員の方の姿は、残念ながら見当たりませんでした。積み荷は多少は海岸へ流れて来ていたようですが、すでに誰かが回収してしまい、おそらくもう何も残ってはいないでしょう。』

イルファンは青年の言葉で、ようやく今の自分の状況を理解した。あの忌々しい渦潮。あれを乗り切るために万全の準備をして行ったが、途中で大量の魚群に遭遇し舵を壊されて船はコントロール不能となり、まともに渦潮へと突っ込んで行った。不運としか言いようがなかった。

イルファンは亡くなったであろう船員達を悼んだ。彼らの多くは自分の無謀な挑戦に意気を感じて参加してくれた気の良い若者達だった。たとえ数名でも生き伸びていてくれている事を心から願った。

それから数日が過ぎ、イルファンは自分で起き上がって歩けるくらいにまで回復をした。彼は助けてくれた青年に礼を言い、非常時のためにジャケットの中に縫い付けていた金貨の袋を取りだし、数枚を彼に渡した。

『君は命の恩人だ。感謝してもしきれない。これはささやかだが、今の私にできる精一杯のお礼だ。受け取ってくれないか。』

『これは何ですか?』
青年は、日の光に反射してキラキラと光るコインを目を見開いて見つめた。
『これは金貨というもので、市場に持って行けば食べ物や飲み物と交換ができるものだ。まだこの島では使えないが、いつかきっと役立つ時が来る。それまで大事に持っていてくれ。』

青年は戸惑いながらも金貨を受け取り、大事そうに服の中へしまった。それからイルファンは両手を差し出し、青年の手を固く握りしめた。よくみると彼はまだ20代半ばくらいの青年のようだった。汚れの無い純粋な目をしていたので、アリゼの姿と重なって見えた。

『ところで、この島の長に会って話がしたいのだが、何処に行けば会えるだろうか?』
『長老はあの丘の麓に住んでいますが、何か御用があるんですか?』
『この島の未来について話がしたいんだ。』

青年にはその時、イルファンの言っている事の意味がさっぱり理解できなかったが、イルファンの目に宿る並々ならぬ熱意に押されて、長老の家まで案内をしてくれた。

長老は突然の異人の訪問に、警戒心を露わにしていた。ただ普段から好感を持っていた顔見知りの青年が一緒だったので、話だけは聞くことにした。
『私に何の御用ですか?』
イルファンは長老が意外に若い男である事に驚いたが、それを顔を出さないよう努めてその思いを伝えた。

『私は○○国の商人です。この島にはたまたま船が難破してしまい、流されてきたのですが、これからぜひ、これから交易をさせていただきたい。』
イルファンは長老にお辞儀をして丁寧に挨拶をした。

『交易?こんなちっぽけで何も無い島で一体何をしようというんだ?』
『何も無いなんてとんでもない。例えばこの青年が私に食べさせてくれた果実です。名前は知りませんが、おそらく滋養のある成分がたくさん含まれているのでしょう。そうでなければ私はこれほど早く回復はできなかったと思います。』

『お前はこの人に何を食べさせたんだ?』
長老が青年に尋ねた。
『リシェの実です、長老。』
青年が遠慮がちに答えると長老は鼻で笑った。
『リシェの実?ふん、確かにこの島では貴重な栄養源だが、勝手に育ってそこいらに実っているものだ。そんなものに価値があるとはとても思えんな。』

『いいえ、充分価値のあるものです。きっと他にも私の国には無い素晴らしい物がたくさんあるはずです。それと失礼ですが私の見たところ、この島の人々が豊かな生活をしているとはとても思えませんでした。みな一様に痩せ細り、生気というものを感じられなかったからです。交易をすれば、この島に不足している食べ物やも手に入るようになります。漁で魚を捕ったり、畑を耕して細々と暮らしている人達が豊かな生活を送れるようになり、島も活性化していくはずです。』

『そんな話を信じろというのか?私達は今までも同じような話をお前のような異人から持ちかけられ、それを信じて何度となく騙されきた。煮え湯を飲まされてきたんだよ。』

長老が怒りを露わにしたため、イルファンがどうしたものかと困惑していると、同行した青年が助け船を出した。
『長老、この方の言っている事は、あながち間違ってはいません。この島では年々飢えや病気で死んでいく子供達が増え続け、悲しみに包まれています。それとこの方は今までの異人達とは少し違うような気がするのです。まず、島の言葉が通じた事に驚きました。そして病床に伏しながらも、私に島の人々の暮らしぶりや困り事がないかなど様々な質問をしてきました。商人なのですから、自分の利益のためなのかもしれませんが、今まで島の事にこれほどまでに関心を持った異人はおりません。』

『それがなんだというのだ。騙すためには関心のあるふりをするくらいの事はできるだろう。』
長老は憤り耳を貸さなかったが、青年は諦めなかった。

『それは仰るとおりです。だから後は、私の勘のようなものです。数日間一緒に過ごしてみて、この人は決して嘘をついていない、そう感じられました。それと上手くは言えませんが、この人は何か常人には無い胆力や情熱を持っています。私はそれに賭けてみたいのです。』
長老はそれを聞いてしばらく唸っていたが、やがて青年に連れられて別室に入っていき、しばらくして二人は戻ってきた。

『私が長老を説得しました。私達はあなたを信じて、協力を致します。』
長老はまだ少し釈然としない表情を浮かべていたが、青年は晴れやかな顔でそう言った。
イルファンは自分を信じてくれた事に感謝の念を込め、長老達に深々と頭を下げた。
私を信じてくれてありがとうございます。今は不慮の事故に遭いこの有様ですが、お力を貸していただければ微力ながらこの島の発展のために尽力させていただきたい。』
まず、私達は何をすればいいですか?
青年が尋ねた。

『この島にある一番大きな船を私にお貸しいただけますか。それと、力仕事のできる若者を数名募っていただけると助かります。』
『解りました。早速、手配致します。』

青年は快諾して、イルファンと固い握手を交わした。

イルファンはそれから長老から借りた小さな帆船にリシェの実を積めるだけ積みこんで、まずは一番近くにある取引のできる国まで行く事にした。その噂を聞きつけたのか、島の入り江には生き残っていた船員達が数名集まってきていた。イルファンと船員達は抱き合って、お互いに生きている事を喜び、祝福し合った。

そしていよいよ出航の日がやって来た。海辺には長老を含む、たくさんの島民達が見送りに来ていた。イルファンを助けてくれた青年も船員となる希望を出し乗船をすることになった。

船が夜明けとともに出航するとイルファンは、揺れる海上で帆船の舳先に片足を乗せ心を躍らせた。

『さて面白い事になってきやがった。やっぱり俺は、こういうどん底から這い上がっていくのが大好きなんだな。心底、ワクワクする。ヒース、俺は必ずまたお前に会いに行く。今度は一隻じゃなくて大船団でな。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、待ってろよ。

朝焼けの中、小さな帆船はこの島の未来への希望とイルファンの野心を乗せて力強く進んだ。

僕はイルファンとアリゼを兄と自分に重ね合わせてみて、現実とのギャップを感じていた。それでも、僕のイメージする豪商イルファンはやはり超人で無くてはならなかった。物語の締めくくりを考えながら改めてそう思った。

マサ兄、確かにもう戦争は終わっているかも知れない。でも、僕の心の中はまだ崩壊した瓦礫の山でいっぱいなんだ。マサ兄はきっと重機か何かを使ってとっくに処理をして、高層ビルでも建ててしまっているかもしれないね。でも僕はたとえ手作業になっても、僕のやり方で取り除いていくしかないんだ。

現実は物語とは異なりもっと不格好で生々しいものだ。それでも物語は、時には現実に彩りや潤いを与えてくれる。心の奥底に埋もれていた大切な何かに気づかせてくれる力がある。僕と颯太との関係を変えてくれたように。

だから僕はこれからも復興のための物語を作り続けるだろう。失われた僕自身とかけがいのない大切な家族のために。

-完-

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