「さて、これから一気に10年後の月日が流れる。いよいよお話も終盤だ。アリゼは18才になり島の役場のような所につとめるようになっていた。」
「それはいわゆる島のコウムインみたいなもの?どんなお仕事をしていたの?」
「海の警察みたいなお仕事だったんだ。具体的にはその島に、あやしい物が入ってこないように積み荷をチェックしたり、無許可で出入りする人がいないように監視していたんだ。見知らぬ船が近づいたときには小舟を出して様子を見に行ってたりもしていた。」
「なんだか、すごくエライ人になっちゃった気がするけど、一体何があったの?」
「うん、きっかけになる事件があったんだよ。実はこの島には以前から困った問題が起きていた。年に数回、異人の船が前触れなく訪れていたんだけど、毎回、何か怪しげな物を高価な値段で売りつけられて、島の人達は、なけなしのお金や貴重な食料を騙し取られていたんだ。」
「毎回って、そんなにカンタンにだまされてしまうものなの?」
「その異人の商人達は本当にずる賢かったんだ。まず、いつも同じ人達が来ない。だから、村人に何か言われても『それは自分達じゃない、ヒドイやつらですね。』みたいなことを言って島の人に同情してごまかしてた。それから島の人の気持ちが落ち着いた頃に、『お詫びとして、もっと良い物をみなさんに提供させていただけませんか?』みたいな事を言って再び売りつけようとしたんだ。島の人達は純粋な人が多かったから、それでまた、騙されるということを繰り返していた。」
「それはアクドイね。特にお年寄りは信じちゃうかも知れないね。」
「そうなんだ。そしてアリゼは数年前に漁に出た帰りに、たまたまその現場に偶然出くわせた。異人の商人達は人の良さそうな笑顔を作って『万病に効く薬』という名前の薬を売っていたんだけど、アリゼはそれが偽物だって事をすぐに見抜く事ができた。」
「アリゼは、どうしてすぐに解ったの?」
僕は頷いてその時の情景を説明した。
アリゼはわざと島の言葉ではなく、以前にいた小さな国の言葉で商人達にこう話しかけた。
『おじさん達、こんな物で、万病が治るわけないだろ。とっとと売れ残り品を持って国へ帰りなよ。』
商人達は自国の言葉を話す子どもがいることに驚いたが、所詮は知識も経験も無い島の子どもなので、少し脅してやれば、すごすごと帰って行くだろうと思った。
『坊や、仕事の邪魔をしないでくれないか?お前みたいな子どもにこの薬の価値は解らんだろう?もしこれ以上邪魔をするんなら、こちらも坊やを捕まえなきゃならない。その覚悟はあるのかい?』これを聞いたアリゼは、あきれ顔で商人達に言った。
『僕には薬の知識はないけど、これが薬じゃないって事は解るよ。だって箱に【セッケンスイ】って書いてあるじゃないか。これは手や体を洗う物で薬じゃないよね。』これを聞いた商人達は驚いて言った。
『お前は字も読めるのか?』
当時、異国の言葉は話せる人間は珍しくなかったが、字が読める人間は島はおろか街にすら一部しかいなかったからだ。アリゼは頷いて商人達にこう言った。
『本当に万病が治るんなら、まずはおじさん達が先に一瓶飲み干して見せてみなよ。』
『そんな事できるわけ無いだろ!』
商人達がこう言って激しくわめきたてたので、島の人達もざわつき始めた。アリゼはこれは早く事態を収拾しなければと思い、人々にこう説明した。
『皆さん、これは薬じゃなくて【セッケンスイ】という手や体を洗うためのものです。使えばキレイにはなりますが飲み薬ではないし、病気が治る訳でもありません。この商人達は皆さんを騙そうとしています。どうか僕を信じてください。』
島の人達がどちらを信じたかは明らかだった。終始冷静な態度だったアリゼの言葉は自信に満ちあふれていたけど、商人達は動揺してざわめいていたので、嘘をついていると疑われた。やがて島の人達からも責められはじめると、商人達は慌てて【セッケンスイ】の箱を抱えて船まで戻り、自分達の国へ引き返していった。
「へーそれで一気に島の人達のシンヨウを得たんだね。」
「そうなんだ。噂は瞬く間に広がり、島の人達はアリゼを島を救った英雄のようにもてはやした。今まであまり近寄らなかった近所の人達も、アリゼの武勇伝を聞きに家まで押しかけるようになってきた。その中には、以前、ずいぶん冷たくしていた人達もいたんだけど、アリゼの中でもう怒りや憎しみは消えていたので何も言わなかった。やがてその噂が島の役場にも伝わり、正式に港の監視人になって欲しいと依頼が来るようになったんだ。」
「アリゼは、やっと島の人達と仲良くなれたんだね。まぁ勝手な人達だなとも思うけど、これで良かったのかな。」
「まぁ、結果的にはね。でもアリゼが港の監視人になって一番喜んだのは、バハリだった。この時ばかりは、お酒を飲んだ時に『さすがは俺の育てた息子だ。』って滅多に言わないことをつぶやいたりしていた。それだけ名誉な事だったんだ。バハリのお母さんも、あっちこっちでアリゼの自慢話をして歩いて回っていた。でもルイカだけが嬉しかったけどちょっと、やきもきしていた。それは、アリゼが周囲の女の子からも人気者になっちゃったからだ。」
「アリゼに急にモテ期が来ちゃったから、他の女の子からコクハクされたりしないか心配だったんでしょう?」
颯太は、少し顔を赤らめながらそう言った。僕は吹き出しそうになるのを堪えながら、こう言った。
「まぁ、今風に言うとそうなるのかな。でもこの事がきっかけで、アリゼの運命を変える出来事が起こる。港の監視人になって間もない頃、アリゼは見慣れない不思議な船が港に向かってきているのを発見した。まず、船体は真っ黒で今までみた事のある船に比べて桁違いに大きかった。そして船の中央には水車のようなものがあり、それが回転して白い煙を出しながら進んでいた。」
「黒船のライシュウだ。センリョウされちゃうのかな?」
颯太は歴史好きだったので、黒船の事はよく知っているようだった。
「そうなんだ。ついに黒船が登場する時代になるんだ。でも黒船は攻めてきたわけじゃなく、商売ができるような国や島を探していたんだ。当時はなかなか言葉の通じる人間が見つからなくて苦労していて、あちこちの島に行って交渉できる人を探していたんだよ。そしてアリゼの噂を聞いて、大国からこの島までやってきたんだ。」
船長達は大きな船から小舟に乗り換えて数人を連れて島まで渡ってきた。アリゼと数人の役場の人がそれを出迎えると、深々とお辞儀をして挨拶をしたきたので、アリゼ達もそれに倣ってお辞儀をした。
まず船長はアリゼ達に思っている事をためらいなく、正直に伝えた。
『私はイルファンと申します。○○国の王より命を受けて、参りました。この近辺の島々には豊かな海産物や果物が採れると聞いています。できれば正式に交易をしたいのですが、いかかでしょうか?』『私はアリゼと申します。この島の交易の交渉を任されているものです。このたびは遠路はるばるこの島までお越しいただき、誠にありがとうございました。まずは、この島の役場までご案内致します。お話はそれからゆっくりお伺いできないでしょうか。』
アリゼがそう答えると、船長は深く頷いて手を差し伸べてきた。お互い握手をしている間、なぜか船長はアリゼをじっと見つめていた。そして一行を役場のある場所まで連れていく道中で、船長は誰にも聞かれぬようこっそりとアリゼにささやいた。
『人違いだったら申し訳ない。お前はひょっとしたらヒースじゃないか?』
ヒース?アリゼはその名前にどこかに心に引っかかりがあったが、あまりにも長い時間が経過していたのですぐには思い出せなかった。船長はその戸惑いの様子を見てさらにこう言った。
『俺の本当の名前はテリュースだ。』
その名前を聞いて、アリゼの記憶の奥底にあったものが突然、呼び覚まされた。幼い頃にお城の近くの小高い丘を一緒に走り回って遊んでいた時の記憶が突然、蘇ってきた。
『テリュース?兄さん?生きていたのかい?』
『やっぱりヒースだよな。お前もまさか生きているとは思わなかった。こんなところで会えるとはとても信じられないよ。』
『僕ももう2度と会えないと思っていたよ。』
黒船の船長は、小さな国で追放された兄の王子だった。13年ぶりの再開にアリゼの鼓動は急速に高まった。早く二人だけになって今までお互いどうしていたか語らいたかったが、お互いの関係を知られる訳にはいかなかったので、それ以上はもう何も喋らず、二人は日の暮れかけた浜辺をただ黙々と歩いていった。
「というわけで、思いがけず本当のお兄さんと再会することになったんだ。さぞや驚いただろうね、あの状況でお互いに生きているとは思っていなかっただろうから。」
「ウンメイテキな出会いだね。でもよくすぐに兄弟だってことがわかったね。」
「お兄さんの方は、結構覚えているものさ。小さい頃から面倒みたり遊んであげたりしていたからね。でもこの出会いは、アリゼに王子だったことを思い出させるきっかけになったんだ。そして同時にアリゼを悩ませる事にもなったんだ。」
「本当のお兄さんにサイカイできたんだから、それはスナオに喜んでいいことなんじゃない?僕には何が悩ませる事になったのか、サッパリわからないけど。」
「それは、この後のお話で解ってくるよ。人間には、忘れたまま思い出さない方がいいこともあるんだ。まだ、颯太にはわからないかもしれないけどね。」
その時、iPhoneの液晶には22:20と表示されていた。そろそろ颯太も寝なければいけない時間だった。颯太向けの話を早くまとめなければと僕は少し焦りはじめていた。
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