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王妃のための失われた王国6-前王との再会-

2023年
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その時、iPhoneの液晶には21:42と表示されていた。ここまで話して、ようやく物語の背景が見えてきた気がしていた。
「こうして王妃の生まれ故郷への航海が始まった。乗っていた船は最新型で、とても快適だった。大波が来ても揺れが少ないように設計されていたし、来賓用のパーティールームやビリヤードができるような娯楽施設もあって長旅にも適していた。今で言えば豪華客船のようなものだ。王も王妃のために最大限、気は遣っていたんだね。」

「ふん、あからさまなご機嫌取りね。それと王妃に早く帰って来られると困るからでしょ?妾ともゆっくり過ごしたいし、王子は教育し直したいわで。」
美穂は相変わらず王妃びいきのようだったので、僕は苦笑いするしかなかった。
「そう言われると否定はできないな。ともかくここからは故郷に着いてからの王妃の話をするよ。」

船が港に着くなり、年配の執事は王妃に忠告をした。
「いいですか、奥様、ここに長居は無用です。どこに盗賊が潜んでいるか分かりませんし、衛生的にもよろしくない。騎士を護衛につけますが、少数なので多勢だった場合にはやはり危険が…」

「解っているわよ、プロムス。ちょっと様子を見たらすぐ帰るから。」
プロムスは長年、仕えてきた執事で王妃は家臣の中で一番の信頼を置いていた。彼は旅の間、身分を隠すため王妃の事を「奥様」と呼ぶよう船員達に指示をしていた。

王妃が【お国】の地に降り立ったのはおよそ10年ぶりの事だった。船を降りてすぐ、若い頃に友人の村娘達とよく遊んでいた繁華街まで行ってみたが、ほとんどの建物は焼け落ちるか破壊され、人が住んでいる気配は微塵も無く廃墟と化していた。

「何なのよ、ここは。カラスと野良犬しかいないじゃない。非道い有様ね。」
不思議なことに王妃は生まれ故郷の変わり果てた姿を見ても、何の感慨も湧いて来なかった。また、初めは城跡まで行くつもりだったが、街の様子を見ているうちに心変わりをしていた。

「ここにはもう私の心を揺さぶるような物は何も無い…。無駄足だったわね。」
そうつぶやいて踵を返し港に戻ろうとした時、目の前をボロボロの服を着て大きな布袋を抱えた男が小走りに走っていくのが目に入った。男は人目を避けるように港の方へ向かっていた。

単独行動をしており武器らしきものも持っていなかったので、ただの浮浪者のように見えた。王妃は盗賊では無かったことで気を緩めたが、何故だが自分の直感のようなものが、この男を見過ごしてはいけないと警告している気がした。そのため護衛の騎士に命じて男を捕らえさせ、面前へ連れて来させた。男は必死で逃げようともがいたが、若い騎士の敏速な行動の前に、為す術も無かった。顔を見られたくなかったのか、終始俯いていた男に王妃は問いかけた。

「そなたはここで何をしていた?その布袋の中身はなんだ?空き家で盗みをしていたのか?」
男は聞き覚えのある声を聞いて反射的に顔を上げた。王妃は無精髭を生やし日焼けした男の顔を凝視した。そして、見過ごしてはいけなかった理由が何かを理解した。

「レックス?あなたなの?なんでこの国に…。島流しにあったはずでしょ?」
「久しぶりだな、デイジー。ああ、おかげ様で島で元気に暮らしてる。この国にはちょっと観光に来ているだけで、すぐに戻るつもりだ。」
「あんまりひどい格好をしているから、初めは誰だか分からなかったわ。」
「そういうお前もさすがに年を取ったな。」

男が王妃に馴れ馴れしくに話しかけるのを見て、騎士達は敏速に反応した。

「貴様、浮浪者の分際で!言葉を慎め!」
騎士達は男の腕を締め上げ、地面に顔を押しつけようとしたが王妃がそれを止めた。
「止めなさい。この人は私の昔の知り合いです。無礼は許しませんよ。」
王妃がそう言うと、騎士達は即座に男の拘束を解き、謝罪をした。
「は、それは大変失礼致しました。」
「レックス、この辺は少し物騒だわ。港まで戻って少し話をしない?」
王妃がそう言うと男は怪訝な顔をしたが、騎士達がいた手前逆らえず素直に港まで同行した。

港に戻ると王妃は騎士達を下がらせ、二人きりで話させて欲しいと申し出た。執事のプロムスはとても許可はできないと反対したが、王妃が事情を話すと腕組みをして思案した。
「奥様、事情は解りましたが、本当に危険は無いのですか?」
「心配しているのは復讐とかそういう事かしら?大丈夫よ。あの人は私に危害を加えたりはしない。目を見て話しているうちに、そういう気が無いことはなんとなく解ったの。ねぇ、お願い、私にはあの人にどうしても聞きたいことがあるのよ。少しだけ時間をくれない?」
王妃はそう言って、不安げな顔のプロムスに懇願した。

「…解りました。でも、なるべく短時間にしてください。先ほども申し上げたように、こんな所に長居は無用ですから。」
プロムスはそう言って了承してくれた。王妃は改めてプロムスは自分の気持ちを一番汲んでくれている、信頼のおける執事だと思い感謝した。

それから王妃と男は港で焼け残っていた漁師の休憩所のような場所に隣り合って座った。
「葉巻を吸っていいかな?」
男が尋ねた。王妃は頷くと男はポケットから葉巻を取り出し美味そうに吸い煙を吐き出した。
「思ったより元気そうね。それに葉巻を持っているなんて、意外と優雅な暮らしをしているのね。ところでどうやって島から抜け出したの?監視兵がいたはずでしょ。」
「ふん、連中には金貨を渡して目を瞑ってもらっている。それにあんな下っ端の兵を手なずけるのは俺にとっては造作もない事だ。何せ俺は国王だったんだからな。」
レックスは無人島に追放された以前の国王だった。


「ふーん。相変わらず人をたぶらかす事には長けているのね。ところで何の用事があってここに来ているの?
「すっかり焼け落ちてはいるが、城に何か残っていないかと思ってな。たまに探しにきている。お陰様で慌ただしく追い出されたせいで、持ち出せる物が少なかったからな。」
「ふふ、何か思い出の品でも探しているのかしら?相変わらずロマンチストね。」
レックスは軽い口調で話をする王妃に無性に腹が立った。
「お前こそ、何でこんな所にいる?急に故郷が懐かしくでもなったのか?いや、そんなはずは無いか。お前はこの国と俺達をあっさりと見捨てたんだからな。あらかた、あの頭の悪い王に飽きられて厄介払いでもされたんじゃないか?」

レックスのその言葉に王妃は怒りを露わにした。
「何を無礼な!貴方はもはや王では無く流人で、私は王妃なのよ。立場をわきまえなさい!」
「図星だったかな?いや、これは大変ご無礼な事を言ってしまい申し訳ありませんでした、王妃様。今後は言葉を慎みますのでどうかご許しください。」
レックスは跪いて謝罪をしたが、口元には薄笑いを浮かべていた。

王妃はこれでは話ができないと思い、落ち着きを取り戻すため深呼吸を繰り返した。
「ねぇレックス、私を恨んでいるのかも知れないけど、当時の私の気持ちも察してくれない?貴方達を守るには、ああするしかなかった。苦渋の決断だったのよ。」

王妃のその言葉にレックスは冷ややかな言葉を浴びせた。
「ああするしかなかった、本当にそうかな、デイジー?別の選択肢もあったんじゃないか?でもお前はそれを考えようともせず、あの馬鹿げた野心家の王の提案に一も二も無く飛びついた。そして王妃の座に固執し、俺とテリュースは捨てて、ヒースだけは跡継ぎがいなかったという理由だけで手元に残した。結局、お前は自分の野心と欲望に支配されて、感情の赴くままに行動していただけだ。」

王妃はその言葉に憤慨し、大きく首を振って否定した。
「それは違うわ。私は貴方達が生き残るためにはどうすればいいか考え抜いて、あの提案を受け入れたのよ。現に、貴方がこうして生きながらえているのは誰のおかげ?それに、あの時、それ以外にどうすれば良かったっていうの?貴方達と一緒に処刑台に並べられて、マリーアントワネットみたいに断首されればよかったっていうの?」

「例えば身分を隠してテリュースとヒースを連れて逃げることもできたはずだ。俺は他国にコネがあったから、もし攻めてくることが事前に解っていたら、手を回せていたかもしれない。でもお前が俺達に何の相談もせずあの王と密約を交わしていたから、それを知った時にはもう手遅れだったよ。あの時、お前に裏切られた俺とテリュースがどれだけ傷つけられて失望したか、何も知らされていなかったヒースがどれだけ辛い思いをしたか、想像した事があるのか?」

「いいえ、私は裏切ってなんかいない。貴方達の事を考えて最善の行動を選択しただけよ。」
王妃はレックスに反論をしたかったが、突然胸が苦しくなり言葉に詰まった。
「お前は結局、人の心の痛みが分らない、自分の事しか考えられない人間なんだ。」

「奥様、そろそろお時間です。船にお戻りください。」
思ったより話が長引いていたため、プロムスは待ちくたびれて王妃を呼びに来た。
「プロムス、もう少しだけ待って。まだ話したい事があるの。」
「俺にはもう話す事は無い。そしてお前に会うことも二度と無いだろう。」

「待って、テリュースの事が聞きたいの。あの子はまだ生きているの?」
「ふん、今更、母親面でもするつもりか?まあいい。生きてるよ、たまに手紙が来る。名前を変えてどこかの国で商人として暮らしている。結構成功しているらしいから心配は無用だ。」

「それと、ヒースだが…」
レックスがそう言いかけると、王妃は首を振り、話を途中で遮った。
「あの子の事はいいわ。貴方は知らないだろうけど、もうこの世にはいないのよ。」
「あ…そういうことになっているのか。ならいい。」
レックスは一瞬首を傾げたが、すぐに淡々とした口調で話した。王妃の方はその様子に強い違和感を感じた。

「ねぇ?ならいいってどういうこと?あの子、ひょっとして生きているの?」
「…テリュースの手紙にはそう書いてあった。あいつも相当驚いていたよ。」

「ねえ、それは本当?今、何処にいるの?」
「いや、何処かの島で名前を変えて暮らしているとは書いてあったが、詳しい事は知らん。仮に知っていてもお前に教えるつもりはないがな。」

「ねぇ、本当は知っているんでしょ?教えてくれなければ、勝手に島を抜け出してここに来ている事を王にばらすわよ。そうしたら今度こそ斬首刑は免れないでしょうね。」
「俺を脅迫するつもりか?やれるもんならやってみろ!そうしたらお前もここで俺に会っている理由を説明しなきゃならなくなる。面倒な事になるんじゃないか?それに今更知ってどうする?謝罪してまた家族一緒に暮らしていきましょうとでも言うつもりか?」

「奥様、もう充分でしょう。船を出しますぞ!」
その時、汽笛が大きな音を立てて鳴った。プロムスは前王のレックスの事をよく知っていたので一礼をしてから、抵抗する王妃の手を引いて船へ連れ戻そうとした。

「ねぇ、教えなさいよ!後生だから、教えてよ、レックス!」
王妃はそう言って泣き叫んだが、レックスは聞く耳を持たなかった。
「本当に何処にいるのかは知らないんだ、嘘じゃ無い。でもな、よく聞け。俺もテリュースもヒースも今まで死に物狂いで生きてきて、ようやく新しい自分と幸せな生活を手に入れたんだ。それを壊すような事だけは絶対にするなよ。底辺の暮らしも知らずに、何不自由なく生きてきたお前にそんな資格は無い。いつまでも変わっていないのはお前だけなんだよ。」

そう捨て台詞を言い残してレックスは王妃の船とは逆方向に駆けだしていった。王妃の頭の中では「いつまでも変わっていないのはお前だけなんだよ。」というレックスの言葉がいつまでも耳を離れなかった。そしてかつて暮らしていた子供達の顔がぼんやりとした像を描いて浮かんでは消えていた。

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