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王妃のための失われた王国4-王子の誕生-

2023年
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成り行き上、美穂に物語の続きを話さなければならなくなったので、僕は途方に暮れていた。さてどうしよう?まずは昨日見た夢の前説、背景となる物語が必要だった。その時、iPhoneの液晶には20:20と表示されていた。残念ながら話をする時間はまだ充分に残されていた。

「まずは王子の物語から振り返るよ。昔々、遠くて広い海を渡った所にそれはそれは小さな王国があった。小さいけれどとても豊かで平和な国で、そこにはやんちゃな王子と若くて美しい王妃が暮らしていた。でもその国は隣国の大国に攻められて、あっという間に占領されてしまい、王様と後を継ぐはずだった長兄の王子は、無人島に追放された。でも新しい王は王妃の事をとても気に入っていたから、奪い取って自分の妃にしてしまった。そして子供がいなかったから小さな王子も跡継ぎにするために追放はせずに自分の手元に置いた。ここまではいいね。」

美穂が頷いたので僕は話をすすめた。

「王子は、新しい王には当然のことながら心を開かなかった。王もしばらくの間は仕方がないと思って様子を見ていたが、そのうちに反抗ばかりするようになったので、我慢の限界が来て王子を公然と叱りつけるようになった。それを見た王妃は王を必死でなだめて王子を庇った。『あなたはいずれこの国の王になるのだから今は我慢しなさい。』と言ってね。
それから王子は王妃の言葉を信じて、王の言う事を素直に聞くようになった。もちろん本心からじゃ無い。王妃だって辛いのだから自分も耐え忍んでいかなきゃと思ったんだ。それでもある日、王子の運命を変える出来事があった。新しい王のお披露目の舞踏会があって、そこでお酒を飲みながら、新しい王と楽しげにステップを踏んでいる王妃の姿を見た。王妃は光沢のある真白なドレスを着てまるで少女のような無邪気な笑顔を浮かべて踊っていた。それを見た王子は『ここにはもう僕の居場所はないんだ。』と思って、港に停まっていた貨物船に乗り込んで島を抜け出した。これはその後の王妃の話だ。」

「王子は可哀想だったわね。王妃はまだ若かったから、そういう世界に憧れていたのかしら…。それにしても可愛がっていた王子がいなくなってさぞや悲しんだでしょうね。」
美穂が目を潤ませてそう言った。

「そうなんだ。それから王妃はショックのあまり寝込んでしまい、部屋に籠もりっ切りになってしまった。王様は家来を総動員して街中を必死で探させた。王妃の事もあったけど、何よりも自分の跡継ぎがいなくなっては困るからね。でも王子はすでに遙か遠くの外洋にいたんだから見つかるはずもない。それで、王も諦めて捜索を打ち切った。それから国中をあげて王子の盛大な葬儀が行われたんだけど、王妃だけは頑なに参加を拒んだんだ。」

「きっと王妃は王子が死んでしまったと認めたくなかったのね、可哀想に…。私も同じ立場だったらそう思うかもしれない。」
美穂はワインを一口のみ、ため息をついた。

「でもそれから状況は一変する。まず、王妃が懐妊をした。それを聞いて王は飛び跳ねるくらいに喜んだ。王妃もこのまま部屋に引き籠もってばかりいては生まれてくる子供のために良くないと思って、健康的な生活を送ろうと努めるようになった。気持ちを切り替えたんだね。」

「そうね、そうなったら確かに切り替えなきゃね。」
そう言って美穂は大きく頷いた。

「女性ならでは、母は強しかな。でもそれからまた大変な事件が起こった。隣国の別の大きな国が突然、攻め込んできたんだ。お互いの国の戦力が拮抗していたから膠着状態になって、小さな国はあっという間に焼け野原になってしまった。それから王は身の危険を感じて、最低限の兵を残して王妃を連れて元いた国に帰ることにした。そうして小さな国は見捨てられてしまったんだ。」

美穂はそれについては何も言わなかった。小さな国の命運についてはあまり興味がなかったようだ。僕は話をすすめた。

「王は名目上は凱旋して帰国したので国民から歓迎された。もちろん、賛否両論はあったけどね。でも王妃に対する反応は芳しくなかった。小さな国の王を裏切ったことで、いわゆる悪女のレッテルを貼られてしまったんだ。王妃はそのイメージを払拭しようと必死になって国民や家来に笑顔で接して親切に振る舞ってきたんだけど、一度張られたレッテルを覆すことは難しかった。」

「世間ってそういうものよね。表面的なものでしか、物事を判断しない。王妃にだってそれなりの事情があったでしょうに。」
美穂は王妃に同情的だったので、僕はあえて王妃が新しい王と結託していたことは黙っていることにした。

「それは中世から現代に至るまで普遍的な事実かもしれないね。それでも子供が生まれると、また状況が大きく変わった。生まれたのが男の子だった事も大きかった。跡継ぎとなる王子が誕生したことで悪女の噂もどこへやら、国中はお祭り騒ぎになった。それがきっかけで王妃も国民から支持を得られるようになって、ようやく焦りや苛立ちも収まってきた。悲しい過去は振り返らず、新しい人生を送ろうという気持ちにもなれんたんだ。これは王妃にとって大きな転換期になる出来事だった。」

「うん、うん、良かったじゃない。世間って現金なものだけと思うけど、切り替えるためにはやっぱり新しい何かが必要なのね。特に子供の力って大きいと思うわ。」
美穂はそう言って笑顔を見せ、空になったグラスに新たにワインを注いだ。

「そうかもしれないね。それからはしばらく平穏な日々が続いた。王は以前のような野心家ではなくなり、国を平和に収めていくことに専念するようになった。王妃も意固地だった性格が少しづつ変わって穏やかになってきた。この時の王宮は幸せに包まれていた。ただ、当然ながら年月とともに環境は変わり、そして人も変わっていく。これから先は王妃の10年後の物語だ。」

「一気に年月が経過するのね。なんだかあんまり良い方向に行きそうも無いけど、これからがお話の佳境かしら?長くなりそうだからお手洗いに行ってきてもいい?」
「いいよ。その間に話を少し整理しておくよ。」

その時、iPhoneの液晶には21:05と表示されていた。ここまでの話で美穂が退屈をしていなかったようなので、僕は少し緊張が解けてきていた。でも、ここからが肝心だ。すっかりぬるくなってしまったビールを飲み干してから新たなビールを注ぎ、僕は美穂が戻ってくるのを待った。

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