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ハートに火を点けて 7 2030/1/25 謎のメッセージ

2023年
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・2030年1月25日(金)

今日で当初の契約期間である2週間が終わろうとしていた。明日、キドに伝えるつもりでいたが、僕はすでに1週間延長しようと決めていた。ハローワークに行くのはまだ先でよかったし、他に特別な用事もなかったからだ。そして何よりもサキをもう少し探してみたかった。

僕はここに来てから毎日、食堂でも中庭でもサキの事を探していたが、それらしい女性の姿は見当たらなかった。同年代と思われる女性は数名いたが、みな暗い顔をして俯いており顔がよく見えなかったし、支給品の同じグレーのスウェットを着ていたので、服装でも判別は出来なかった。

試しに居住スペースと思われる部屋番号に、片っ端から内線電話をかけてみたこともあったが、呼び出し音が延々と鳴っているだけで誰も電話に出ることはなかった。一度だけ繋がったことがあったが、僕が「もしもし」と言うと「あんまり調子に乗るなよ、オカマ野郎!」と若い男の甲高い声がしてすぐに電話を切られた。

その時、ひょっとして相手には誰が電話をかけているのか解るようになっているじゃないかと思い、ぞっとした。あるいは僕がキドとよく話をしているのを見て、面白くないと思っている連中がいるような気がした。それから内線電話は危険を感じてかけられなくなった。

僕はスタッフのヒラヤマなら内情に詳しいのではないかと思い、中庭で飲み物を頼む時に適当な理由をつけて呼びだしてみた。彼はわざわざ指名された事が誇らしいかったのか満面の笑みでカフェオレを持ってきてくれた。その日は支給されたベルボーイの制服を着ており、それがすっかり板についていた。僕は世間話をしながら、それとなくこの施設にどのくらいの人数が宿泊しているのかを聞いてみた。

「正確には解りませんが、3階と4階が居住スペースなので15人前後だと思います。あまり見かけないのは、部屋に籠もっている連中が多いからみたいですね。ルームサービスを頼めば、食事も部屋で取れますし。それと専用のサーバーに、映画や電子書籍やゲームファイルが保存されているのは知ってますか?それを利用しているので部屋にいても退屈しないんじゃないですかね。」

僕も映画や電子書籍などのコンテンツがある事は知っていた。端末を操作している時に、偶然、気づき、たまに利用していたからだ。

「そもそも、この企業は本当にまともなビジネスをしているんだろうか?」
僕は思い切って彼に聞いてみたが
「僕にもよく解りません。でもそんな事は気にする必要はないんじゃないですか。違法なことをしている訳じゃないじゃないですか。何よりこんな快適で割りのいいバイトはありませんよ。」
とへらへら笑っていたので、それ以上聞くのは無駄だと思いやめた。

ただ彼は僕が何かを探っているんじゃないかと気を回したのか
「ラクダさんは、間違いなくキドさんのお気に入りなんですよ。だってこんなに色んな種類の煙草をもらっているんですから。僕もそうですが、モニター品以外の煙草をもらっている人は他には誰もいません。だから余計な事は考えない方がいいです。」
と珍しく真顔で言った。

CAMELやMarlboroのような既製品はキドが「モニター品ばかりだと飽きるだろう。」と言って部屋に置いていったくれたものだった。おかげで僕は様々な煙草を心置きなく堪能していたが、自分だけが優遇されているとは夢にも思っていなかった。その事に多少優越感も感じたが、同時に何故なんだろうというと疑問も持たざるを得なかった。

僕は彼に不信感を持たれないようにするために「他の人がどうやって過ごしているのか、参考にしたくてちょっと聞いてみただけだよ。」となるべく明るく振る舞って伝えた。そして少し気が引けたので「良かったら今度Marlboroを1箱持ってくるよ。」と言った。すると彼は「ラクダさん、神ですよ!」と言っていつものおどけた表情になり、足取りも軽く帰っていった。

夕食を食べてからは部屋に戻り、専用の端末でレビューを書くのが日課になっていた。その日の夜もレビューを書き始めようとすると、いつもの見慣れた新規のメールが入っていた。

僕は「またか。」と思ってうんざりしてメールを開いた。レビューに誤字や何かおかしな表現があると決まってAIから修正依頼メッセージが入るようになっていたからだ。「こんな事をするなら初めからAIに書かせればいいのにな。」とぶつぶつ独り言を言いながら開いてみると、そこにはいつもとは異なる意味不明な短い英文が入っていた。

「As I nike saki.」

僕は直訳してみたが「私として、勢いよく?酒?」のような日本語となり、さっぱり意味が解らなかった。あるいは、ナイキの新たな広告かとも思ったが、外部から遮断されている端末に挿入できるとは思えなかった。釈然としないまま修正は後回しにして、新しいレビューを書き出していたが、頭の中でメッセージを音読してみると突然、言葉が繋がった。

「明日、会いに行く、サキ」

これはおそらくサキからのメッセージだろうと思った。ただそれにしては疑問点がありすぎた。まず、なぜサキは僕がここにいる事を知っているのか?外部から遮断されているのにアクセスできたということは、やはりこの施設のどこかにいるのか?また、どうしてわざわざこんな回りくどい方法を使用しなければならなかったのか?

ようやくサキに会えるのかと思うと嬉しさはこみ上げてきたが、腑に落ちないことは山のようにあった。混沌とした気持ちでその日の夜はなかなか寝付けなかったので、フロントに電話をして普段は飲まないブランデーを頼んだ。熱い紅茶を入れ、その中に大さじのスプーンでどばどば入れて飲むとすぐに酔いが回り、僕はようやく眠りについた。

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