「さて、いよいよ、島での新しい生活が始まるよ。これからは少し大人になったアリゼの物語だ。島に着くとバハリはアリゼに商売で仕入れたたくさんの荷物を持たせて、バハリの家まで連れて行ったんだ。家はとても山深いところにあって、炎天下の中、延々と歩いてようやく辿り着いた。アリゼはヘトヘトになってしまったけど、バハリは全く疲れ知らずでニコニコしていた。久しぶりに自分の家に帰れるのが嬉しくて堪らなかったんだね。バハリの家に行くと年老いたバハリのお母さんとアリゼと同じくらいの年頃の女の子、娘さんが出迎えてくれた。」
「バハリに奥さんはいなかったの?」
「かわいそうだけどバハリの奥さんは数年前に毒蛇にかまれて死んでしまったらしいんだ。」
「そうだったんだ…。それと娘さんがいたんだね。アリゼはバハリの家族と仲良くなれたのかな?」
「それが最初はなかなか難しかった。バハリのお母さんは金髪の異人の子を見て、とても驚いたんだ。颯太だっていきなり外国人の子が転校してきたら何を話して良いか解らないだろ?だから、嫌ってはいなかったけど、遠ざけていたんだ。逆に娘さんは、ニコニコしてアリゼに積極的に話しかけてきたんだど、近づいてくると逆にアリゼの方がプイッとどこかに逃げてしまった。お城でも同年代の子ども達や、ましてや女の子とお話をしたことがなかったから、接し方がわからなかったんだね。」
僕がそういうと颯太はきょとんとした顔で言った。
「パパ、今時は外国人の子なんてどのクラスにも2.3人はいるよ。もちろん言葉は全部はわかんないけど、みんなフツーにお話をしてるよ。」
「へーそうなのか。パパの子供の頃は本当に珍しかったんだけどな。パパもアップデートしなきゃな。じゃあ女の子ともおしゃべりをして仲良しになったりしてるのかな?」
「そうだね、どっちかっていうと僕は女の子の方が話しやすいかなぁ。男の子はちょっと子どもっぽいんだよね。」
颯太が真顔でそう言ったので、こちらの方が少し呆気にとられてしまった。
「パパの頃はなんていうか、気になる女の子には素直になれなくて、ついついからかったりしてたけどな。世代の違いなのか、性格の違いなのか…まぁいいや、話を続けよう。」
「アリゼはバハリの家族にはなかなか馴染めなかったけど、まあ当然かもしれないね。家族って一緒に住んだからって、いきなりなれるもんじゃないだろ?まずはお互いに受け入れようとする気持ちが無いと難しいし、ましてやアリゼは異人だ。言葉も完全には理解できていないし、当然お互いを理解するには時間がかかる。こればっかりはどうしようもない。それでアリゼは家に居づらくてよく外をぶらぶらしていた。そうしたらある日、同じくらいの年頃の男の子の集団に出くわしたんだ。その子達は、アリゼとすれ違うと髪や肌の色を見て、ひそひそ悪口を言って笑っていた。どうせ、アリゼにはわからないだろうと思っていたんだ。でもアリゼは少しは言葉を知っていてバカにされているのがわかったから、文句を言いに行った。それがきっかけで取っ組みあいのケンカが始まっちゃったんだ。」
「アリゼがケンカなんかしたの?もうずいぶん大人になっていると思ったのに。」
颯太は少し驚いたようだった。
「慣れない場所に馴染めないことでイライラしていたんだね。それに王子だった頃のプライドはまだどこかに残っていたんだ。それでも向こうは4,5人いて、ケンカなんかしたことはなかったら、あっという間に負けちゃったんだ。そしてアリゼが泥んこになって動けなくなると、その子達は笑いながら満足したように去って行った。」
「ほらね、男の子はやっぱり子どもっぽくてヤバンなんだよな。」
颯太が断定したような言い方をしたので、ひょっとしたらイジメに合っているんじゃないかと少し心配になった。
「自分たちと違うってだけで仲間はずれにしたがる人達っているものなんだよ。小さな村だから金髪の異人さんなんてほとんど見た事がなかったからね。それからアリゼは、ようやく起き上がって島で一番大きなシュロの木のあるところまで、よろよろと歩いて行った。シュロの木っていうのはヤシの木の仲間でとても大きく育つんだ。そこはアリゼのお気に入りの場所で、いつも一人になりたいときはそこに行っていた。そして木陰で大の字に寝転んで体を休めた。涙が出そうになるのを必死に堪えていると、いつの間にかルイカが側に立っていた。」
『ケンカしたの?ハデにやられちゃったわね。目の上がすごく腫れてる。』
ルイカはそうアリゼに話しかけた。ルイカは一緒に暮らしていた女の子だ。肌の色は島の人に比べると白い方で、東洋人のようだった。髪は短くて前髪を額におろして眉のあたりで綺麗に切りそろえられており、青い花飾りをつけていた。そしてクリクリとした黒い瞳でアリゼを心配そうに見つめていた。アリゼはルイカに話しかけられても、返事をしようとしなかった。するとルイカは近くに生えていた草の葉をむしり、布にくるんでアリゼの腫れた目の上にあてがってあげた。それはゼリーのようなひんやりした感触をもった植物で、晴れ上がった目にはとても気持ち良かった。
『このまま、少しじっとしててね。少しは楽になるわ。』
『僕はあいつらを絶対に許さない。フクシュウしてやる。』
『それは、やめた方がいいわ。』
『あいつらは僕の肌や髪の毛の色をバカにしたんだぞ。君にはこの悔しさは解らないよ。』
『そうね、きっと解らないわ。私ももっと小さい頃に肌の色の事でいじめられた事があったけど、心の痛みって人によって違うものだから。ソウゾウすることしかできない。でも、これだけは解る。フクシュウはフクシュウしか生み出さないの。センソウとおんなじよ。だれもシアワセにはならない。』アリゼは思いがけないことを言われたので、起き上がってルイカのことを睨みつけた。そして何か反論をしようと思いをめぐらせたが、ルイカの透き通るような瞳を見ているうちに何故かあれほど激しかった怒りが収まり穏やかな気持ちになった。そして気持ちが落ち着くと心地よい海風と南国独特の草花の香りを再び感じられるようになってきた。
『さぁ、まずは深呼吸をして。気持ちが落ち着いたら家に帰りましょう。』
ルイカがそう言うと、アリゼはその時にはもうルイカの言葉に抗う気持ちがなくなっていた。
この気持ちは何なんだろう?自分の中のあったやるせない怒りや孤独のようなものを吸い取られてしまったような気がした。帰り道にアリゼは尋ねた。
『ルイカっていう名前には、どういう意味があるんだい?』
『私の名前には【つなぐもの】という意味があるの。私はきっと、あなたとこの島の人達や森や海をつなぐために生まれてきた。あなたを見たシュンカンにそう感じたの。それにバハリも言っていたでしょう?あなたは人を引きつける何かを持っている。時間が経てばこの島の人達も、それがわかるはずよ。だから大丈夫。今はツラくても最後にはきっとうまくいくわ。』
ルイカはアリゼが話しかけてくれたことが嬉しかったのか満面の笑みで答えた。
アリゼはルイカが何を言っているのかさっぱり解らなかった。ただこの女の子は見知らぬ孤島で、たとえ自分に何があってもきっと味方になってくれるだろう、直感的にそう思った。
「それから、アリゼとルイカは本当によく話をするようになったんだ。まだ完全に覚えていなかった島の言葉を教えてもらったり、食べられる草花や薬草のこと、蜂蜜の取り方なんかを教えてもらうようになった。それを見てバハリのお母さんの態度も変わったんだ。素直になって一生懸命、家の手伝いをするようになったアリゼのことを可愛がるようになってきた。かまどの使い方や料理の仕方なんかも教えてあげるようになって、だんだん、本当の家族みたいになってきたんだ。」
「さすが【ひまわり】の人だね。何かきっかけがあれば、すぐに仲良くなれちゃうんだね。」
颯太は【ひまわり】の人にこだわってるようだったので、僕は苦笑いして言った。
「【ひまわり】の人っていうのは、あんまり関係ないんじゃないかな。少しのきっかけと、良い人に恵まれた事が大きいと思うよ。それとポイントは何よりも人の好意を信じられる素直さを持っていること。アリゼは苦労はしたけどまだそういう純粋さを失っていなかったんだ。」
「ふーんそんなもんかな。ところでバハリはその間、何をしていたの?」
「昼は畑仕事をしたり、漁に出たりして一生懸命働いていた。そして家に帰るとご飯を食べてお酒を飲んでグーグー寝てしまった。だから、アリゼの相談にのったり、アドバイスをしたりはしなかった。」
「それはちょっとムセキニンなんじゃないかな?自分が家に連れてきたのに。」
「そうかも知れないね。でもブキヨウって解るかな?言葉にするのが苦手でただ行動することでしか物事を教えられない人っているんだよ。」
「うーん、ひょっとしてショウワのタカクラさんみたいなもの?」
颯太が思いがけず、そう言ったので僕は苦笑してしまった。
「ちょっと違うんだけど、まぁだいたいはそんなイメージでいいよ。誰だって無理矢理何かをさせられるのはイヤだろう?だからバハリはこんな風にアリゼが自分から積極的に行動を起すのを待っていたんだ。それからは自分の仕事をアリゼにも手伝わせるようになった。アリゼが大人になるまでは長い船旅には出ない事も決心していた、一人前の男に育てるためにね。バハリなりにちゃんと考えていたんだよ。さて、これから一気に10年後の月日が流れる。いよいよお話も終盤だ。」
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