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やんちゃな王子のための失われた王国 5-過去との決別-

2023年
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その時、iPhoneの液晶には21:35と表示されていた。さすがに颯太はあくびをしたりして眠そうだったが、僕は颯太に「続きは明日にしよう」と言う気持ちにはどうしてもなれなかった。それは作り手の僕自身がいつの間にか、この物語の虜になっていたからかも知れない。

「それで、王子はお城にはもう帰らないって決めたんだね。」
「そうなんだ。それから船長のところにいって、『お願いだから、僕をこの船に乗せてください。』って頼みにいったんだ。船長は『よく考えたんだな?本当に故郷に戻られなくなってもいいんだな?』って何度も聞いたけど、王子の決意は固かったんだ。それで船長も王子を自分の故郷の島へ連れていくことにしたんだ。」

「へー、船は船長の島にむかっていたんだね。船長はどんな所に住んでいたの?」

「そう、王子が乗り込んだのは商売をした後の帰る船だったんだよ。船長の島は熱帯っていう一年中、とても暑くて雨が多いところにあった。その島でしか取れない果物や豆なんかを持っていって、ジャガイモの種とか小麦粉とかコショウとか島には無かったものと交換していたんだ。」

「ネッタイは聞いたことある。セキドウの近くにあって、バナナとかココナッツとかがたくさん取れる暑い所だよね?」

「そうそう、よく知ってるね。だから船長も船員達もとてもよく日焼けしていた。でも王子は島に連れて行ってもらうためには、働かなきゃならなかった。船長との約束だったからね。船の上ではやることがたくさんあった。甲板っていう船の床の掃除や、船員の服の洗濯、食事の支度、魚釣りの手伝いもやった。初めのうちは失敗ばかりしていた。何しろ王子は船員達の言葉が分からなかったからね。本当は雨水を使わなきゃいけないのに海水で洗濯をして、服を塩でガビガビにしちゃったり、船長が大事にしていた上等のぶどう酒を転んで甲板にぶちまけちゃって、怒鳴られたり、蹴飛ばされたりもした。船乗りには荒っぽい人が多かったんだ。それで王子は夜になると、しょっちゅう甲板に出て海を見ながら泣いていたんだけど、それでもくじけないで歯をくいしばって一生懸命働いた。もう自分には戻る場所がないんだから、ここで生きていくしかないんだって。」

「王子にとっては人生のテンカンキだったんだね。とても、僕にはできそうもないや。」
颯太は少し目を潤ませながらそう言った。感受性が鋭い子なんだなと改めて思った。

「でも、悪い事ばかりじゃなかった。船員達は荒っぽい人達だったけど、みんな根は気の優しい人ばかりだった。だから次第に一生懸命がむしゃらに働いている王子の姿を見て好意を持ち始めたんだ。それが王子も伝わって、船員達とも段々仲良しになってきた。その国の言葉も少しづつ教えてもらってわかるようになったから、あまり失敗もしなくなった。そして船長の島に着く頃には、日焼けしてすっかりたくましくなり、もう甲板の上で泣く事もなくなっていた。そして船長は島がもう見え始めるくらいまで近づいたある日、王子を自分の部屋に呼んで話をした。」

「船長は王子にどんな話をしたの?」
「島についてからの話だよ。その日は王子にとって本当に人生の転換期になったんだ。」

王子がお城から逃亡してから、早くも2年の月日が経っていた。その日は満月で月明かりがとても綺麗な夜だった。波がとても穏やかだったし島の目前まで来ていたから、船長は赤ら顔でぶどう酒を飲んでいてご機嫌だった。

『お前は島に着いたらどうするつもりだ?』
バハリは王子に問いかけた。バハリっていうのは船長の名前だ。
『まだ何も決めていない。でもまず住むところを探さなきゃならないし、仕事もしなきゃならないね。バハリ、僕みたいな子供でも、島では生きていけるものなのかな?』
王子はその頃には島の言葉をすっかり覚えてしまっていたので、自分の国の言葉は話さなくなっていた。

『いくらなんでもお前みたいな子供が一人で生きていくのは難しいだろうな。』
バハリはぽつりとつぶやくように言った。それを聞いて王子は落胆した。そしてせっかくここまで来たのに、これからどうすればいいんだろうかと途方にくれた。

その様子をみたバハリは、上を見上げながら、少し照れくさそうにこう言った。
『お前さえ良かったら、その、俺の家に来ないか?つまり俺の家族になると言うことだ。』

王子はそれを聞いて耳を疑った。それは願ってもないことだった。長い航海で王子はバハリの言動や振る舞いを見てとても尊敬していたし、その男っぽさに憧れさえしていたからだ。

『いいのかい?僕みたいな異人がバハリの家にいっても?家族の人が嫌がらないかい?』

『それは心配するな。家族がなんと言おうと俺が説得する。それにお前はもう、以前の甘ったれた王子なんかじゃない。立派な海の男になった。きっと、俺の家族だって受け入れてくれる。やんちゃなところは変わってないけどな。でも、そういう無邪気さお前の良いところだ。きっと島の人間にも好かれるだろう。』

『ありがとう、バハリ。いや、これから父様って呼んだほうが良いのかな?』
王子は嬉しさと感謝のあまり、涙が出そうになったが、それを必死で堪えていた。もう決して泣かないと自分の中で決意していたからだ。

『父様はやめろ。照れくさくてかなわん。バハリでいい。それより、これからお前を何と呼べばいい?お前の名前をまだよく聞いていなかった。教えてくれ。』
王子は正式な名前を教えたが、それはとても長くて呼びづらいものだった。

『そんな長ったらしい名前は覚えられん。俺が名前をつけてやるがいいか?』
王子は頷いた。すでに自分は王子ではないし、島で暮らす上では必要な事だと思ったからだ。

『では、お前を今日からアリゼと呼ぶことにする。』
『ア・リ・ゼだね、それでいいよ。響きがいい言葉だね。どういう意味があるんだい?』
『お前の国の言葉で【ひまわり】という意味だ。太陽みたいな明るい花だよな。お前の髪の色を見てパッとひらめいたんだ。』
そう言って、バハリは珍しく黄色くなったボロボロの歯をむき出しにしてニカッと笑った。王子もそれを見てつられて笑顔になった。

「その日、王子は自分の名前を捨てた。王子をやめて本気で島で生きていく決意をしたんだよ。」
「良かったね。王子もやっと幸せになれそうな気がしてきたよ。」
颯太はようやく安心したのか、嬉しそうにそう言った。

「一生懸命生きていれば、たいていの人はその人を悪く思ったりはしない。認めて受け入れてくれるもんなんだ。それと王子の周りには優しい人が多かったから恵まれていたし、何よりも生まれつき【ひまわり】みたいな明るさを持っていて、人を引きつける魅力があったんだろうね。」

「それはうらやましいね。僕もそういうミリョクのあるセイカクに生まれたかったな。」
颯太が寂しそうな笑みを浮かべて、本音とも冗談とも取れるような事を言ったので僕は少し戸惑った。

「パパだって【ひまわり】みたいな性格じゃないから、うらやましいさ。でも、【ひまわり】だけが素敵な花ってわけじゃないだろ?【アサガオ】だって【アジサイ】だって綺麗だと思わないか?人間だって花とおんなじでそれぞれ良いところがあるんだけど、ついつい、他の人が持っている物をうらやましく思ってしまう。それに気づいていないだけなんだよ。」

僕が言った事を颯太は一生懸命考えているようだったが、まだ何か釈然としない顔をしていた。

「パパの言っている事もなんとなくわかる。僕も【アサガオ】は嫌いじゃないよ。でも【アサガオ】が【ひまわり】になりたいって思っても、それは無理だよね。」

「確かにそうだね。【アサガオ】は【ひまわり】にはなれない。でも【ひまわり】が【アサガオ】になりたいと思ったってなれないだろ?」

「【ひまわり】の人が【アサガオ】や【アジサイ】になりたいなんて思うのかな?」

「そう思う人もいるさ。【ひまわり】の人だって、見た目は楽しそうでも悩みもあるだろう。それにたまには【ひまわり】であり続ける事に疲れたりするんじゃないかな。問題はそれぞれが持っている花をどれだけ好きになれるかだ。颯太ももう少し大きくなれば、きっとわかるようになる。」

僕はこんな説明でいいのかなと思いながら、颯太をなんとか励まそうと思った。颯太はまだ少し納得のいかないような顔をしていたが、考えるのに疲れたのだろうか、それ以上質問はしてこなかった。

「パパ、話をチュウダンさせちゃって、ごめんね。また続きを聞かせて。」

「いくらチュウダンしたって構わないよ。パパも颯太の思っている事が聞けて嬉しかったしね。」
僕は笑ってそう言いながら、颯太の言った事を考えていた。そう、【アサガオ】は【ひまわり】には決してなれない。大人になっても、それは簡単に納得できるものじゃない。だたそういうものとして受け入れていくしかない。でもそれは今の颯太に言うべき事ではないと思った。僕はそれから努めて明るくこう言った。

「さて、いよいよ、島での新しい生活が始まるよ。これからは少し大人になったアリゼの物語だ。」

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