空間把握能力 運転 方向音痴 | ねじまき柴犬のドッグブレス

空間把握能力について

2023年
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空間把握能力とは、物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力の事。空間認識能力が低いと身体の感覚や動作が鈍くなり、距離や幅、高さをとらえる事が難しく、物 にぶつかったり、つまずいて転んだりする事が多くなる。

僕は空間把握能力に乏しい。子供の頃からなのでおそらく生まれつきだ。知らないところで待ち合わせをするのが苦手だ。特に若い頃はデートの場所を決めたりするときにとても苦労した。店の地図を見ても場所が覚えられず、毎回下見に行ったりしていた。下見に行っても間違える事もあったし、行きは良かったけど帰り道がまた解らなくなって迷った事も多かった。特に辺りが暗くなったりすると全く方向感覚がなくなっていた。そのせいか、いつの間にかデートや友達との待ち合わせはすべてお相手にお任せになっていた。相手にも薄々僕が方向音痴だと気づかれたからかもしれない。

今はナビがあるから、大抵のところは行けるようになった。それでもナビの通りに歩いているだけなので、全く方向感覚はない。この前母の49日に行った時も、お寺が少し解りづらい場所にあったのでナビを頼りに歩いていったが、どこをどう歩いてきたか全く覚えていなかった。ナビのおかげで便利にはなったが、不安である事に変わりはない。

絵を描くのも非常に苦手だ。遠近の感覚がつかめないから、いつも立体感が全くない絵になっていた。いつも色を塗ってごまかしていたので、美術の成績は散々だった。車にあまり乗らなかったのもそのせいかもしれない。僕の若い頃(バブル期)は、免許と車を持っているのがほぼ標準的な若者だっだけど、運転が苦手でほとんど乗っていなかった。運転のテクニック自体はそんなに悪くはなかったが、地図を見ても全く方向感覚をつかめなかったので、カーナビのない時代、知らないところにはまず行けなかったからだ。車両感覚も曖昧だったので、いつもどこかに擦ったりしないかとヒヤヒヤしていた。

日常生活に極端に支障がなかったので、なんとか生きてこれたけど、この事は常に悩んでいた。僕にとっては深刻な問題だったが、残念ながら同じような傾向のある友達や知人がいなかったので、辛さを分かち合える事がなかった。またこういう事は例えばカウンセラーに相談しても、解決できるものでもないんだろうなぁと思って、心療内科のようなところに行く気もしなかった。

もし空間把握能力が人並みに備わっていれば、もっとリラックスして外出や旅行ができたり、結婚していた時も元妻と実家まで車で行けたり、ドライブに行けたりして違う楽しみ方があったんじゃないかと思うけど、まぁ考えても仕方ない。

何か大病を抱えているとかと言うわけじゃないので、些細な事と思われるかもしれないけど、結構辛くて誰にも共有できなかった事だったので、ブログに書いてみようかなと思った次第です。

というわけでこの話にはオチがありません…(^_^;)

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