そこまで話をしたところで、僕のiPhoneの着信音が鳴った。画面を見ると美穂からの電話だった。僕は颯太に「ママから電話なんだ、ちょっと待っててね。」と言って話を中断して部屋の外に出た。
「もしもし、美穂だけど、もう家に帰ってきてるわよね?颯ちゃんはもう寝た?」
「ああ、もう帰ってきてる。実は今、颯太の部屋にいるんだ。」
「あら、そうなの?何かあったの?二人で何をしてるの?」
妻の声はカラオケボックスの大音量の音楽のせいでとても聞き取りづらかった。だから僕も少し声を大きくして話をしなければならなかった。
「物語を聞かせているんだ、成り行き上。説明すると長くなるから、帰ってから話すよ。」
妻は少しの間、黙っていた。僕と颯太の二人で一体どんな話をしているのか想像がつかなかったのかもしれない。
「まぁよく解らないけど良かったじゃない、颯ちゃんと久しぶりにお話が出来て。明日は土曜で学校もお休みだから少しくらいなら夜更かししても大丈夫よ。それじゃ、私はもう少し飲んできていい?今、2次会なんだけど盛り上がってるのよ。もしあなたが帰ってなかったら家に帰ろうと思ってたんだけど。」
「構わないけど、余り飲み過ぎるなよ。」
「解ってるわよ、私はあなたと違ってお酒は水みたいなものなんだから大丈夫。」
「颯太に電話を代わろうか?」
僕がこう言うと妻は少し考えてからこう言った。
「代わらなくていいわ。酔っ払ってる時に颯ちゃんと話したくないから。子供ってね、きっと親が酔っ払ってる姿って見たくないし話もしたくないものでしょ。それと、颯ちゃんに私の事、酔っ払いとかアル中みたいに言わないでよね。」
「そんなこと言うわけないだろ。」と言おうと思ったところで、背後から妻を呼ぶ声がした。妻もそれに応えて「今行くー。ちょっと待ってぇー。」と大声で叫んだので、耳がキーンとした。それから
「さっきのは冗談よ。ちょうど私の入れた曲が入っちゃったから切るわね。颯ちゃんにおやすみなさいって言っておいて。」
と言って、さっさと電話切ってしまった。その時、iPhoneの液晶には20:46と表示されていた。おそらく妻はあと2時間は帰ってこないだろうなと思った。
部屋に戻ると颯太は、話が中断したせいだろうか、やや眠そうな表情をして僕を待っていた。
「ママは、元気そうだった?またお酒飲みすぎてないかな?」
「大丈夫だよ、ママはお酒が強いから。でも今日は少し遅くなりそうだから、颯太におやすみなさいって言ってたよ。」
「うん、わかった。ママもたまにはお友達と遊ばないとストレスが溜まっちゃうもんね。」
「よく解ってるね、大人にもたまにはそういう時間が必要なんだよ。それでどこまで話をしたかな?」
「王子が外に遊びに行ってお城に帰ってくると、ぜんぜん知らない人が王様の椅子に座っているのを見てすごいショックを受けたところまでだよ。」
「あ、そうだったね。王子はまだ小さかったから、王妃は何も教えない方がいいと思ったんだ。」
「王子はその時、何さいだったの?」
「颯太と同じで6才か7才くらい。でも、王妃の思いとは逆で何も知らされていなかったから、余計ショックが大きかったんだ。それから王子はすっかり元気がなくなって、あれほど好きだったイタズラもしなくなって、部屋にこもってばかりいるようになったんだ。」
「そんな大事なことは子供にだってちゃんと説明するべきだよ。王子がかわいそう。」
颯太は少し熱を帯びた口調でそう言った。僕はそれを聞いて、目頭が少し熱くなった。
「本当にその通りだ。颯太くらいの年齢になれば、もう一人の人間として人格があるんだ。それを尊重しないのはとても理不尽な事だ。」
僕がそう言うと、颯太はぼんやりとした目で僕の方を見ていた。さすがに解らない言葉が多かったのだろう。
「ごめんな、ちょっと難しい言葉を使っちゃったね。ともかく王妃は幼い王子を手放したくなかったから、お城に住まわせてもらえるよう、強くお願いしていたんだ。そして新しい王も、王子を可愛らしいと思っていたし、いつかは自分に懐くんじゃないかと思っていたから追放はしなかったんだ。でも、王子はすっかり性格が変わってしまった。」
「大人って本当に勝手だね。いきなり『この人が今日から新しいお父さんですよ』って言われたってナットクできるわけないじゃん。」
颯太は今度は、ため息まじりに呆れたような口調でそう言った。
「その通りだね。王子はいつまでたっても新しい王に心を開こうとしなかった。王も初めのうちは、たくさんのおもちゃやお菓子を与えて懐かせようとしていたけど、そのうちに諦めて王子を教育しようとした。王族としてふさわしい礼儀作法や剣術を学ばせるために家庭教師までつけさせた。それでも王子は言うことを聞かずに、家庭教師に反抗ばかりしていた。それでついに王も我慢の限界が来て、王子の事を何かあるたびに呼び出して叱りつけるようになったんだ。王子は目を潤ませながら、それに黙って耐えていた。唯一の救いは、王妃がいることだった。王妃は『まだ王子は小さくて何も分かっていないのだから許してあげて。』と王に言って一生懸命王子をかばっていた。
そして王子には『あなたはいずれこの国の王になるのよ。今は辛いかもしれないけど辛抱して言うことを聞いていなさい。』と言って優しく慰めた。それから王子は少しづつ、家庭教師の言うことに素直に従うようになったし、王と話もするようにもなってきたんだ。それで王も怒りがすこしづつ収まってきて、また王子を可愛がるようになってきた。」
「ふーん、王子もオトナにならなきゃって思ったのかな?」
「辛いのは自分だけじゃないって思ったんだろうね。王妃も新しい王と食事をしている時には、目を合わせようともせず、悲しげな顔ばかりしていたから。それを見て、自分も我慢をしなきゃいけないって思ったんじゃないかな。でも、そんなある日、お城で他の国の王族を招いて王子には内緒で新しい王を祝う晩餐会が開かれた。そこで王子の運命を変えてしまう出来事があったんだ。」
「なんで王子には内緒にしていたの?」
「まだ礼儀作法を身につけていなかったから、王様が知らせないようにしていたんだ。何かお客様に失礼があってはいけないからね。でも王子は晩餐会がある事を使用人達が話しているのを立ち聞きして知っていたので、こっそり見に行ったんだ。すごく豪勢な飾り付けやごちそうが出されたりダンスパーティーもあるって聞いていたのでどうしても見にいきたくなったんだ。王宮の上の屋根裏みたいなところに隠れて見ていたんだけど、それは噂通りものすごく豪華なもので、初めのうちは王子もうっとりしてそれを眺めていた。でもそのうちにダンスパーティーが始まると、衝撃的は光景を目にした。そこには新しい王とお酒を飲みながら、楽しげにステップを踏んでいる王妃がいた。光沢のある真白なドレスを着て派手なお化粧までして、まるで少女のような無邪気な笑顔を浮かべて踊っていた。そんな王妃の姿は、以前の王様と暮らしていたときにも見たことがなかった。それを見て王子は思ったんだ。『もう、ここに僕の居場所ないんだ。』って。それから王子は急いで自分の部屋に戻って身のまわりのものを布袋に入るだけ詰め込んで、お城を出て西側にある港に向かった。お城はお祭りムードでいつもいる見張りもいなかったので、出て行くのは簡単だった。王子の足だと少し時間はかかるけど、歩けない距離じゃなかった。そして運良く港に停まっていた貨物船があったので、積み荷のある部屋に潜り込んで、明け方までそこで船が出るのを待つことにしたんだ。」
僕はそこまで一気に話すと、少し疲れたので首や手をぐるぐる回して一休みした。颯太も少し眠そうだったので
「今日はここまでにしようか?」と言ったが颯太は即座に首を振り、それはあり得ないという表情で
「パパ、そこまで話して終わりはないよ。全然眠くないから、続きを聞かせてよ。」
そう言ったので、僕も「さて、これからどう話をすすめようかな?」と思いを巡らせた。
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