眠る君が犬だった頃|父と娘が交差する記憶と輪廻の物語 | ねじまき柴犬のドッグブレス

犬のかたちをした記憶 ― 第二十四章:眠る君が、犬だった頃

2025年
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―リードの先にいたのは、君だった

「クゥーン、キュン」

夜の雨がしとしとと降るなか、サリーは申し訳なさそうに振り返って高志を見上げ、短く鼻を鳴らした。

――ごめんね、タカシ。こんな夜に急に連れ出しちゃって。雨が降ってきて寒くて、我慢できなかったの。

サリーがそう言っているような気がして、高志はふっと笑った。

「気にすんなよ、サリー。俺なんか夜中に腹壊すことなんてしょっちゅうだ。おまえも、今夜はあったかくして寝ような。後で毛布、持ってきてやるからさ」

何を言っているのか本当に理解していたわけじゃない。でも目を見ればなんとなく、何を考えているか分かる。サリーとはそういう関係だった。

手早くトイレを済ませて、ふたりは家まで戻った。

「さて、濡れちゃったな…」

高志はサリーを犬小屋へ戻し、洗面所からタオルを取ってきた。雨に濡れて全身ぐっしょりのサリーを、やさしく拭き始める。サリーは目を細め、伏せの姿勢で気持ちよさそうにしていた。

そのとき、奥のリビングの方から母の声が聞こえてきた。

「高志、サリーは大丈夫?ずいぶん吠えてたけど…外、寒かったでしょう?ありがとね」

「ああ、大丈夫。すっきりしたみたい。けど、ちょっと寒そうだったから、毛布とかあれば助かるな」

「わかったわ、ちょっと探してくる」

母の声が穏やかだったことに、高志は少し安心した。

だが――。

再びサリーの方を見たとき、思わず息を呑んだ。

そこにいたのは、濡れた制服のまま、伏せの姿勢で眠っている沙梨だった。髪から水が滴り、頬はほんのり赤い。首輪のようにリードが繋がれたまま、安らかな寝顔を見せている。

「高志…いつもありがとう…」

沙梨が寝言のように、か細くつぶやいた。

その瞬間、玄関の方から母の足音が近づいてきた。

「高志?毛布はなかったけど、タオルケットでいいかしら?湯たんぽも持ってくわよ」

――まずい。

この姿を母に見せるわけにはいかない。沙梨のことをどう説明すればいい?記憶が混乱している。現実と幻想の境界が分からない。

「か、母さん!サリーはもう平気!俺がやっておくから、来なくていいよ!」

「え?なに言ってるの。寒いんでしょう?高志?高志!」

母の足音がどんどん近づいてくる。

高志は頭を抱えた。どうすれば、この”現実”を守れるのか分からなかった。

「高志、高志、高志……」

母の呼ぶ声はいつまでも続いていた。

◇ ◇ ◇

「高志!おい、高志!」

頬にパシッと軽く何かが当たる。高志が目を開けると、そこは砂漠だった。

「目、覚めたか?」

亮司が目の前でペットボトルの水を差し出していた。高志は水を受け取って一口飲み、ようやく思考が戻ってきた。水の冷たさがさっきまでの出来事が夢だったと教えてくれた。

「手荒なことをしてごめんな。うなされていたようだが嫌な夢でも見たのか?」

高志はそれには答えず首を振った。そして記憶をたどった。

「俺…トロッコで砂漠に来て、キドに娘に、紬に会いに行かせてくれと頼んだら、断られて…それから何かされて意識を失ってたんだ」

「そうか、やっぱりだな」

亮司は静かに頷いた。

「修も俺も、同じ方法で気絶させられたよ。あいつは、最初から誰にも現世観測なんてさせる気なかったんだ。輪廻プログラムの邪魔になるからな」

「……でも、亮司。お前、解脱したってキドから聞いたぞ?」

高志の問いに、亮司はうっすらと笑った。

「あれはポーズだよ。キドを油断させるために、乗ったフリをしただけさ」

「じゃあ、どうやって今ここに?」

「バックアップを残しておいた。俺はいわば、コピーのコピー。でも機能は十分だ。行動範囲はこの砂漠に限定されるが、今はそれで十分だ」

そして、亮司はノートパソコンを取り出した。

「あれ、ZENは使えないんじゃ……?」

「別のAIを作った。こいつは俺が現世で独自に開発したものだから、ZENみたいな束縛がない。”リョウマ”って名だ。どうだ、自由人らしいだろ?」

「いい名前だな。お前と兄弟みたいだ。あいつを倒すには、ふさわしい名前だ」

「そうだな、キドが何者かは知らないが、人間の想像力の方がずっと上だ。さあ”リョウマ”、キドの現在地を教えてくれ」

「リョウカイシマシタ。ザヒョウヲケイサンシテイマス」

画面上に、赤い点が点滅した。

「ここか……よし、瞬間移動するぞ。準備は?」

「いつものセリフ、頼むよ」

高志は笑い、目を閉じた。

再びあの、浮遊するような感覚。視界は白く閉ざされ、全身が痺れるような高揚と混乱に包まれる。

◇ ◇ ◇

次に目を開けたとき、ふたりは見知らぬ砂漠の一点に立っていた。

辺りには何もない。建物も、人の気配も。

「……ここ、で合ってるのか?」

「たぶんな」

亮司は数秒考えたのち、突然、地面を掘りはじめた。

「高志、手伝ってくれ」

「え、まじか……」

だが、言われるままに手を動かしていると、意外にもあっさりと硬い感触にぶつかった。

――鉄の扉。

「やっぱり……隠し扉だ。しかも開いてる!」

ふたりが重い扉を開けると、地下に続く階段が、湿った空気と共に現れた。

「ここだ!キドはこの中にいる!後を追うぞ」

高志はふと、立ち止まって亮司に訊いた。

「……でも、仮にキドの行動を止めたとして、その先は?俺は本当に紬に会えるのか?」

高志の声には、かすかな揺らぎがあった。期待と恐れと、後悔と――。

亮司は、真っ直ぐに言った。

「分からない。でも心配するな、”リョウマ”が手伝ってくれる。きっと大丈夫だ」

高志は黙って俯いた。もうここまで来たら、父親として最後まで戦うしかない。

紬のために、サリーのために、すべての大切なもののために。

階段の奥から、微かに光が漏れていた。

キドがそこにいる。そう思うと高志の心臓は激しく鼓動した。

そしてふたりは音もなく、暗闇の中を降りていった。

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