「死後の教室と語られなかった人生──未練組が語る、それぞれの物語」 | ねじまき柴犬のドッグブレス

犬のかたちをした記憶-第九章:天国のコンビニと語られた人生

2025年
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誰もが、ここに留まる理由を持っていた。でも、一人だけ──「未練はない」と笑った。

高志と修は校門を出てすぐの所にあるコンビニへ買い出しに行った。高志としては亮司の使い走りになることは不愉快だったが、金銭の要らないコンビニというのがどんなものなのか興味があった。

ただ、コンビニに行くと少し様子が違った。そこにはレジらしきものがあり、しかも店員が立っていた。

―何だよ、話が違うじゃないか…―

高志は、思わず呟いていた。それで仕方なく、何も持たずに店内をウロウロしていたが、他の客がレジで雑誌と牛乳を買う様子を横目で眺めていた。

「628円になります」

店員の声が聞こえた。高志は、亮司に騙されたと思い、腹が立ったが修が何かに気づいたらしかった。

「ねぇ、あの人お金払ってないよ」

「え?」

改めてそのやりとりを見ていると、その客は手には何も持っていない。ただ、札のようなものをレジ前に置いているだけだった。

「1,000円からお預かりします。389円のお返しになります」

店員の声が聞こえた。客は頷き手にしていたバッグに雑誌と牛乳を詰めていた。

―なるほどね、そういうことか…―

高志は何となく、その仕組みを理解した。それから高志と修は買い物かごに、缶コーヒーや菓子パン、ポテチなどのスナック類をぎっしりと詰め込んでレジに向かった。修がまだ不安そうな顔をしていたので、精算は高志がやることにした。

レジで買い物カゴを差し出す。

「いらっしゃいませ」

若い店員は無表情に、架空のバーコードリーダーで商品を黙々と読み込んでいった。

「3,840円になります」

店員が読み上げると、高志は試しに

「○○Payで。それとレジ袋も」

と言って架空のスマホを店員に差し出した。これでうまくいくのか?少しドキドキしたが、店員は何事もなかったかのように、バーコードリーダーで高志のかざした架空のスマホにバーコードリーダーをかざした。

「ありがとうございました」

店員はそう言って商品を詰め込んだレジ袋を高志に手渡した。修はホッとした表情を浮べていた。

便宜上、お金は払わなければならない。でも実際の支払いは不要なのだ。なぜそんな仕組みにしたかは分からないが、おそらく、現世のルールがないと落ち着かない人間のためだろうと高志は勝手に想像していた。

***

化学実験室では、ビーカーやフラスコが幾つもあったのでジュースを入れ、机の上に菓子パンやジュースを並べた。

「じゃあ、未練組の結成を祝してカンパイ!」

亮司が早くもリーダー気取りで音頭をとった。それから亮司は勝手に自己紹介を始めた。

「まずは自己紹介といこうぜ。俺は亮司。前世ではIT関連のベンチャー企業のCEOだった。グロース市場に上場してこれからって時だったんだが、そのパーティーの時にはしゃぎすぎて足を滑らせて、クルーザーから落ちて溺死しちまったらしい。よく覚えてないんだが、相当飲んでたからな。でもそこまで会社を軌道にのせるのは結構大変だった。だから、簡単に成仏するわけにはいかないんだ。で、お前は?」

亮司は修の方をチラッとみて促した。修は少し緊張気味に話しだした。

「僕は、保育士をしていたんだ」
修は一呼吸置いてから続けた。

「子供が好きで自分で言うのもなんだけど、結構好かれていたと思う。天職だと思っていた。でもある日、横断歩道を歩いているおばあさんが、躓いているのを見て、手を差し出して起してあげたんだ。そしたら信号が変わって車が猛スピードで突っ込んできたんだ。慌てておばあさんを助けようと庇ったんだけど、結局、僕がひかれたらしい…」

一同は修の言葉に沈黙し、重たい空気になった。

「可哀想…。」

沙梨がいつの間にか涙ぐんでいた。高志は、同情しながらもいかにも修らしいなと感じた。

「でも、僕は両親と同居している。一人息子だから、これから面倒もみなきゃならない。それに、実年齢?享年って言ったらいいのかな?ともかく40代なんだけどまだ独身だった。僕は結婚して自分の子供を持つのが夢だったんだ。だから、まだ成仏なんてできないんだよ」

修は力強くそう付け加えた。

「なるほどな、それは立派な心がけだ」

亮司は大して興味がなさそうに言った。それから高志の方をチラッとみた。

「で、お前は?」

「俺は、結婚していて子供もいた。5歳の女の子だ。家庭は円満で、仕事も順調だった。ある日、通勤途中で靴紐がほどけたので結び直そうとしていたら、突然、視界が歪んで意識を失った。気がついたらここにいたんだ。おそらく心筋梗塞か何かを起したんだと思う。人生これからって時だった。おまけに現世観測の授業で、娘が引きこもりになっているのを見てしまった。こんな状況で終わるわけにはいかない。娘を助けたいんだ」

「なるほどね、人の数だけ人生がある。確かに俺達は未練組だな。」

亮司は何か悟ったような講釈をたれた。

「それでと、君は?一体どんな未練があるのかな?」

今度は沙梨の方を向いて尋ねた。

「私には未練はない。ただこの場所が好きだから止まっているだけ…」

沙梨はそう答えた。

「未練がないってどういうことだ?」

高志は、思わず沙梨の方を向き、尋ねた。その表情は淡々としており、口元には笑顔さえ浮べていた。

「言葉通りよ。私は前世に未練はないの。とても幸せな最後を迎えられたから」

「それなら、成仏すればいいじゃないか。結構、向こうは楽しいらしいぞ。望めばタワマンにも住めるし、仕事もしなくていいらしい。何しろ金がかからないからな。それに、いつまでも自分の好きな姿でいられる。フォーエバーヤングだ。ここみたいに授業やらテストもないし、サングラスのおっさんに説教されることもない」

亮司がからかうように言った。

「ううん、私は制約があってもここが好きなの。学校って結構素敵なところじゃない?勉強も嫌いじゃないし、こうして仲間も出来るし。群れるのは苦手だけど、…群れってやっぱりあったかいよね」

高志は沙梨のことが分からなくなった。今まで何かと自分のことを気にかけてくれた。なぜかは分からなかったが、その不思議な優しさにずいぶんと癒やされてきた。その少女がこんなことを考えていたとは…

「はは、あんたは、やっぱり謎だわ。でも何か訳ありな気はする。いずれは分かると思うから今はあえて聞かないことにするよ」

亮司はそう言って、両手を上げてお手上げといった表情を浮べた。

沙梨は、無言でいつものように笑顔を浮べ亮司の言葉を聞いていた。

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