ちょっと時期が早いですがバレンタインデー向けに以前に書いた小説です。
溶かされて型に入れられるチョコレートになった気分でお読みください。(笑)
2月13日、カカ男は会社帰りに行きつけのショットバーに立ち寄った。軽く一杯やって帰る予定だったが、今夜はちょっと飲みすぎていた。明日はいよいよバレンタインデー。彼氏にチョコを渡すために明日香がカカ男の帰りを待っていた。帰らないわけには行かなかったが、その足取りは重かった。
「だいたいなんで俺なんだよ。ホワイトデーはマシュマロとかクッキーとか色々あるからいいけど、バレンタインデーは俺だけじゃないか。結構なプレッシャーだよ。相手が喜んでもらってくれる人ばかりならいいけど、そうじゃないだろう。もし拒否されて、突き返されでもしたら俺の存在意義なんてなくなっちまう。仮に受け取ってもらえたとしても賞味期限が切れるまで放っておかれて、カビが生えて捨てられたるってこともあるだろうし…。俺は気が小さいんだ。今日はこのまま飲んだくれて明日のバレンタインデーをやりすごしちゃうのありかな…」とカカ男はバーのカウンター席で片肘をつきながら、心の中でつぶやいた。
ふと時計を見るとそろそろ終電の時間だった。その時突然、カカ男のスマホの着信音が鳴った。かけてきた相手は誰だか解っており、出たくはなかったが出ないわけにもいかなかった。
「はい、カカ男ですけど…。」
「あ、カカ男、あんたこんな時間まで何やってんのよ。明日が何の日だかわかってんの?こっちはこれからあんたの事、溶かしてぐちゃぐちゃにしてハート型に成形してラッピングまでしなきゃいけないのよ、どんだけ時間がかかると思ってんのよ!早く帰ってきなさいよ!」
カカ男が電話に出るとけたたましい声がした。相手はカカ男のご主人であり所有者の明日香だ。カカ男はそんな事言われて誰が帰るか、と思い腹が立ったが、かといって何を言って良いのかもわからず、
「俺は忙しいんだよ。」と訳のわからない事を言っていた。すると明日香は、そんなカカ男を説き伏せるかのように電話口でがなりたてた。
「何いってんのよ。あんたが忙しくなるのは明日だけじゃない。他の日は「のほほーん」として店頭に並んで買われるのを待ってただけなんだから、気楽なもんじゃない。いい事、あんたの存在価値が問われるのは明日だけなのよ。ちょっとは気合入れなさいよ。」
カカ男は「だから帰りたくないんじゃないか…」と余程言おうと思ったが所詮、店頭価格350円で買われた身分、何を言っても聞いてはもらえまいと思い、あきらめてこう言った。
「解りました。帰りますよ。帰ればいいんでしょ。その代わり、美味しく作ってくださいよ。」
すると明日香は「当ったり前じゃない。私の作るチョコはいつだって美味しいのよ。だから心配しないで早く帰ってらっしゃい。」と最後はホッとしたのかちょっと優しい口調で言って電話を切った。
カカ男は身勝手な明日香の言動に腹が立って、今日は帰らないでここで飲み明かしてやろうとも思ったが、それでも明日香が仕事から帰ってきて夜遅くまでチョコレート作りのレシピをネットで調べていた事を知っていた。それに、ここ数年彼氏がいなくてバレンタインデーには義理チョコしか渡せず寂しい思いをしていた事も。それでカカ男は「やっぱり帰らなきゃな。」と思い足早に店を出た。あと一杯だけでもと思い上等なスコッチが目に入り、頼みかけたが「これじゃウイスキーボンボンになっちまう。」と思い苦笑してやめた。
外に出ると、凍えるような北風が身にしみた。今年2番目の寒さだとバーで誰かが言っていたのを思い出した。それでも火照った体にはかえって気持ちがよかった。そしてカカ男は、胸まではだけていた銀紙のエリを整えながら「これなら、帰るまでに溶けずに済みそうだ。」とひとりつぶやきながら駅の方へと向かった。
-おしまい-
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