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やんちゃな王子のための失われた王国 外伝1-兄、再び-

2023年
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颯太にやんちゃな王子の話をしてから、数週間が過ぎた。僕は美穂に言われた事を意識して、折りをみて自分から颯太に話しかけるようになっていた。といっても、ぎこちなくなって何を言いたいのか解らなくなり颯太がきょとんとしていることがも多かったので、妻の美穂には
「そんなに焦らなくていいのよ、自然体でいいの。」とよく笑われた。

そのため表面的には僕と颯太の関係に大きな変化はなかったが、僕と颯太の間には今までになかった何かが芽生え始めているような気がしていた。それは僕が父親としての役割を改めて意識するようになったからかもしれない。

ところで僕は颯太の事とは別に、まだ物話を語り尽くしていないと感じていた。そのため帰りの電車の中や会社の昼休みなど一人になった時に、新たなエピソードを思い描く事にすっかり夢中になっていた。そして真っ先に思い浮かんだのは、生き別れになってしまった兄さんとの物語だった。

『昨夜な、お前の兄さんからこれを渡されたんだ。』
それまで黙々と風向きと帆の張り具合を確認していたバハリは、漁に向かう船上で突然アリゼに向かってボソリと話しかけてきた。

『これはなんだい?』
アリゼは唐突にバハリに話しかけられて、きょとんとした。
『手紙だ。お前に渡して欲しいと頼まれた。』
『兄さんが?何でまた。昨日、直接渡すか話してくれればよかったのに。』

『きっと照れくさかったんだろう。あ、それと手紙の中身は見てないから安心しろ。もっとも俺は字が読めんから見ても解らんけどな。』
『そんな、心配はしてないよ。解った、漁が終わってから読むよ。』

アリゼは苦笑して淡い黄色の便箋を受け取った。

アリゼが【お国】から命からがら戻ってきて、すでに2年近くの歳月が経過していた。生き別れになった兄と奇跡的な再会を果たしたのは、昨日の事だった。アリゼとバハリは天気の良い日は毎日のように漁に出ており、手法としては魚群の通路を遮断して網の中へ魚を誘導する定置網漁が主だった。島は外洋に面していたが、漁は小さな入り江の中でしか行っていなかったので、海は嵐さえ無ければ穏やかだったが、昨日は波が不規則に寄せては引いて来ていたのでアリゼはどうも釈然としなかった。

『おかしいな、風はいつものように穏やかなのに、どうして…』
何かいつもとは違う、ぞわぞわとした嫌な胸騒ぎがした。するといつの間にか目視できる距離に巨大な黒船が近づいて来ていた。

『アリゼ、どでかい黒船がこちらに向かってきている。あんなのにぶつけられたらひとたまりも無いぞ。魚は諦めて、ひとまず回避しよう。』
バハリが叫んだ。
『了解だ。それにしてもあんな大きな黒船は初めて見た。あの船だってこのままだと浅瀬に乗り上げちまうぞ。大丈夫かな?』
『今は、向こうのことまで構ってられん。さっさと舵を切るんだ。』

それから黒船はようやく汽笛を鳴らし減速を始め、面舵いっぱいに進路を変更し始めた。それを見てバハリ達の漁船も面舵で帆をはり、櫓を漕いで精一杯旋回を始めた。やがて黒船はバハリ達の漁船の目前まで来ると、ようやく船側をこちらに向けて制止した。お互いの船側が向き合うような形になった。旋回をしていなかったら危うく衝突をするところだった。

黒船の船側には、海賊に襲われた時のためだろうか、巨大な大砲が装備されていた。それが漁船の正面に向けられていたので、アリゼは固唾を飲んだ。それでもアリゼはモクモクと蒸気を吐き出している黒船に向かって叫んだ。
『危ないじゃないか、気をつけろよ。ここいらは俺たちの島の領海だぞ。それにそんなに波を立たされちゃ魚だって逃げちまう。』

すると黒船の船員らしき者が現れて叫んだ。
『本当にすまない、ちょっと急いでいたんで、減速するのに時間がかかってしまったんだ。それと海流に流されて制御もできなくなっちまった。ところでここは○○島だよな?と言っても言葉が解らんか…。』

船員は【お国】の言葉を使っていた。その言葉を聞いたのは久しぶりだったので戸惑ったが、アリゼも【お国】の言葉で返した。
『馬鹿にするなよ。お前の国の言葉くらい話せる。ここは野蛮人の島じゃないんだ。結構進んでてイケてるんだぜ。』

すると船員は面食らった顔でこう叫んだ。
『驚いたな。お前、俺たちの国の言葉がわかるのか?ちょっと待っててくれ、今、船長を呼んでくる。』

船員はそれからしばらくの間、戻って来なかったので、待たされたアリゼは苛立った。
『バハリ、もう帰っちまおうぜ。それにどうせもう今日の漁はできないよ。』
その直後に、船長らしき男が甲板に現れた。遠目でよくは解らなかったが、体格が良く眼光の鋭そうな男だった。男は甲板から身を乗り出して、アリゼの事をじっと見つめていた。
「まさか、また生きて会えるとは…。」男は万感の思いで大声で叫んだ。

『ヒース、お前ヒースか?【お国】から生きて帰って来れたのか?』
『兄さん?本当に兄さんなのかい?そうだよ、ヒースだよ。俺は【お国】
から生きて戻って来られたんだ。』

二人は目を潤ませてしばらくの間、無言で見つめ合っていたが、やがて兄のイルファンは「ちょっと待っていろ。」と言って小舟を出し、アリゼ達とともに島へと向かった。イルファンはゆっくり話をしようと言って以前の洞窟にアリゼを誘ったが、バハリとアリゼはせっかくなので自分の家に招待したいと申し出た。

イルファンは初めは、その申し出を固持していた。
『俺はあの時、お前を見捨てて【お国】を離れた。ご家族に何とお詫びしていいか解らないんだ。』

『兄さん、あれは僕の身勝手なわがままが招いた事だ。兄さんのせいじゃないよ。それに【お国】に行けた事で僕はようやく吹っ切れて、この島と繋がることができた。むしろ、連れて行ってくれた事に感謝さえしているんだ。』
アリゼはそう言って、自分を責めている兄を擁護した。

『そうですよ、全てはこの馬鹿が悪いんです、弟さんに馬鹿って言っちゃ失礼かもしれませんが。でもテリュースさんいや、イルファンさんとお呼びした方がいいんでしょうね。結果的にこいつは生きて帰って来られた。だからもういじゃありませんか。できれば家に来てこいつがどんな暮らしをしているか見てやってください。』
バハリもそう言ってイルファンを強く誘ったので、ついにはイルファンも断り切れず、アリゼ達の家に招かれる事を受け入れた。

家に着くと、ルイカがライニと一緒に食事の支度をしていた。
『ただいま、ルイカ。今日は特別な客人を連れてきたぞ。とっておきの料理と酒を用意してくれないか?』
バハリは家に着くなり、声を張り上げて言った。

『あら、そうなの?でも何も用意していなかったから、特別なお料理は出せないけどいいかしら。ところで、その方はどなた?』
『僕の兄さんだよ、ルイカ。』

アリゼがそう言うとルイカの表情は一瞬にして強ばり、せかせかしていたその動きを止めた。

『は、初めまして、ルイカと申します。ようこそ、いらっしゃい..ませ。』
ルイカは戸惑いを隠せず俯きながら挨拶をしたので少しぎこちない空気が流れた。バハリとアリゼは思わず目を見合わせた。

『ルイカ、そんなに緊張しなくてもいいんだよ。俺の兄さんなんだぜ。』
『いや、いいんだ、ヒース。俺はお前を【お国】に連れて行って、置き去りにしたんだ。ルイカさんが気を悪くしているのは当然
だ。あの時はご主人をあなたの元へお返しする事ができなくて、誠に申し訳ありませんでした。』
イルファンは深々と頭を下げてルイカに詫びた。

ルイカは、イルファンの謝罪を受けて申し訳なさそうに答えた。
『お兄様、どうか頭をお上げになってください。本当にもうあの時の事は全く気にしていないんです。この人がわがままを押し通して無理矢理、お兄様に頼み込んだんですよね。全部、この人のせいです。それに何よりこうして生きて帰って来てくれましたから。ただ…』
『ただ、なんだい?』

アリゼが尋ねた。

『ただ、お兄様がこの人を、またご自分の商売にお誘いになるために来られたんじゃないかと思うと不安になってしまって…。』
ルイカは少し震えながら、消え入るような声でそうつぶやいた。

それを聞いて、イルファンは大きく首を振り釈明をした。
『これはまた、誤解をさせてしまったようで大変申し訳ありませんでした。今回は私の船がたまたま海流に流されてこの島の方に来てしまっただけなんです。これも運命としか言いようがありませんが。だから本当にご挨拶に来ただけなのです。どうかご安心ください。』

すると、ルイカは緊張がほぐれたのか、ほっと胸を撫で下ろし、イルファンに頭を下げ、お詫びをした。
『そうでしたか。こちらこそ勝手に誤解をしてしまって本当に申し訳ありませんでした。どうか気を取り直してごゆっくりしていってください。』

『そうだよ、兄さん。ゆっくりしていきなよ。それとルイカ、僕はもうどこにも行かないって誓っただろ。たとえ兄さんから誘われようとも、船には乗らないよ。』

『それとルイカさん、こいつは馬鹿正直で行き当たりばったりな奴だから、全くもって商売には向いていない。すぐ相手に足下をみられちまうんですよ。1年間、一緒に旅をしてよく解りました。だから私から弟を誘うことはもうありませんので、どうかご安心してください。』
イルファンが冗談交じりにそう言うとルイカもクスッと笑い、場は一気に和んだ。

『そうだよな、それにこいつは不器用で未だにロープの結び方が甘いんだ。あの結び方じゃ、嵐がきたら船が沖まであっという間に流されちまうよ。』
バハリもそれに乗っかるように口を挟んできた
『そうね、それにどこか抜けているのよねぇ。買い物を頼んでも、五つ以上になるとたいてい何か忘れてきて、全然関係ないものを買ってきたりするし。』
ルイカもすっかりリラックスしたのか、アリゼを冷やかした。

『おいおい、みんなあんまりじゃないか。俺はそんなに使えない奴なのかい?』
アリゼが憤慨して抗議をしたが、みなで首を捻りながら笑いを堪えていた。その時、今まで黙っていたライニも会話に参加したくなったのか突然、喋りだした。
『そもそも父様はオオザッパなんだよね。床を拭くときも雑巾をよく絞らないもんだから、濡れていて僕はよく足を滑らせるんだ。危なくてしょうがないよ。』

『ライニ、そんなこと言うならもう、お話をしてやらないぞ。』
『別にいいよ。どうせ父様はいつもお話の途中で寝ちゃうんだもん。』

ライニのその一言で一同は笑いの渦に包まれた。そして和やかな雰囲気のまま食卓を囲んだ。

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