吉田秋生 解放の呪文 カボチャ大王見越した | ねじまき柴犬のドッグブレス

解放の呪文からの解放

2023年
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僕が中学2年生の時、両親が突然離婚をした。僕は母に引き取られたが、母は僕や兄に何の説明もなしに離婚して、いつの間にか再婚していた。そして離婚して1ヶ月後に引っ越しをしたと思ったら、冗談みたいな話だけど、その家にはすでに母の再婚相手となる義父が住んでいた。
僕は初めは義父が建築関係の人だと思い込んでいた。新築の家だったのでまだ未完了の部分があり、夜遅くまで作業をして大変なので、夕食を振る舞っているんだと思っていた。でも2.3日どころか1週間を過ぎても家に居続けた。これはさすがにおかしいと思ったが、母からは何も言われず、また聞く勇気もなかった。しまいには近所の全く知らない人から「あなたは○○さんの家の新しい子でしょ?」と言われ、ようやくこれは事実なんだということが理解できた。母から言い訳がましい説明があったのはずいぶん後のことだったが、今考えても本当にひどい話だった。

幸い友達や先生達の支えもあって、学校には不登校にならず通えたが、勉強には当然身が入らず、それまで比較的良かった成績もぐんぐん落ちて、当時所属していたサッカー部にも母が離婚してすぐに再婚したことが知れ渡っていて、気まずくて行けなくなっていた。僕のメンタルは崩壊し、全てに自信がなくなりコンプレックスだらけになっていた。そんな時に吉田秋生さんの漫画で「夢の園」という短編集の中の「解放の呪文」という作品を兄から借りて読んだ。

ネタバレになるけれど、だいたいこんな話だ。両親に虐待されて育った少年が、少年の父が亡くなってその友人に引き取られる。その友人夫妻はとてもいい人達で、少年を本当の自分の子供のように大切に育てていく。そして当時プロテニスプレーヤーだった義兄にテニスを教えてもらうことで徐々に本来の自分を取り戻していく。だけど皮肉なことに少年にはテニスの飛び抜けた才能があり急成長をとげて、やがてウインブルドンの決勝で義兄と対決をすることになる。こういう書き方をするとスポ根の話のように感じるかもしれないけどそうではなくて、そこには深い義兄弟愛が込められている。

義兄は、少年のコーチが少年をサラブレットのように考えていて、従順に言うことを聞く少年に過酷な練習をさせていると感じ、無理してテニスを続けることはないと説く。そこで寡黙だった少年がようやく義兄に対して、長い間心に秘めていた思いを打ち明ける。「自分はコンプレックスだらけだった。でも解放の呪文を与えてくれた人がいた。それが義兄さんだったんだ」と。その呪文が『カボチャ大王見越した』という言葉だった。

これはハロウィンの時に、ジャック・オー・ランタンを怖がる幼い弟に、あれは怖くないよ。と主人公が教えてあげる呪文だったようだ。

※ジャック・オー・ランタンとは、アイルランド、および、スコットランドに伝わる鬼火のような存在のこと。

少年に最初にテニスを教えてあげたのが義兄だっだので、テニスと義兄の言葉が解放の呪文のセットだったのだろう。僕はこの話に共感して、解放の呪文を待ち続けるようになった。コンプレックスから解放されたくて、何か一つでも良いから自分に自信が持てるものを持ちたいと思った。高校では陸上部で長距離走に打ち込んだ。大学では演劇部で役者をやってみたし、文章を書くのが好きだったので小説も何作か書いてみた。ただ自分なりに努力はしたけど、結果が出なくて結局は挫折してやめた。自分には才能がないということがやってみてよく解った。

今はどうかっていうと、燃え尽きたっていうのが正直なところかもしれない。でも逆に人に認められなくもいいから、陳腐でつまらないと思われてもいいから好きなことを書いてみたくなった。ただ心の中に溜まっていたものを書き続けたいだけ。もちろん公開するのだから、人に読んでもらって伝わるように書こうとは思っているけど。

皮肉なことに結果が出なかった事と母の死をきっかけにそう思えるようになったのかもしれない。今になって解放の呪文を待ち続けることから、僕はようやく解放されたのかなと思っている。

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