雨 学校 迎えに来ない 小説 | ねじまき柴犬のドッグブレス

ピース(断片)を探して(中編1)

2023年
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古ぼけた木材の木目が見える、はっきりと。それはどうやら下駄箱で、僕の名前があるような気がする。湿った木と汗の匂い、3月の冷たい雨が鉄筋の校舎に降り注ぎ、音にならない優しい雨音が聞こえる。遊び疲れたはずの子供達は、なおにぎやかに廊下を駆けてゆく。そして職員室の前にある、赤電話の前に並び、順番を待ちながら面倒くさそうに家に電話をしていた。
「ねえ。雨が降ってるから、迎えにきてよ。いつもの所で待ってるから。うん、早く来てよね。」
子供の汗の匂いがする。薄暗い校舎の中で、にぎやかな声とは対照的に、火災報知器のランプが濃赤色に不気味に光る。僕は一人で少し離れた所からその光をじっと見ていた。あやうく吸い込まれそうになるのをこらえながら。後ろの方から、足音が聞こえた。誰かが僕の肩をたたいて、声をかけた。子供達の一人だろう。僕は振り向いた。

「おまえの家はまた、迎えに来ないのか?」
「ああ、家にはいつも、昼間は誰もいないんだよ。」
「じゃあ、俺と一緒に帰ろうよ。」
「いや、いいよ。傘はあるんだ。」
僕はうまく喋ろうとしたが、喉がつまった。
「本当に?」
「ああ、本当だよ、置いてあるんだよ、いつも。傘はあるんだ。」
僕がそういうと、その子は下をうつむいて、少しの間何も喋らなかった。なんとなく嫌な沈黙だった。やがて彼は、何かを決心したかのように体の向きを変え、降り向きざまにこう言った。
「それじゃあ、俺は先に帰るよ。じゃあ、また明日な。」
「ああ、じゃあな。また明日な。」

僕も繰り返した。その子が小走りで向かう先には、たくさんの子供達が集まっていた。僕は子供達をみて、段ボール箱に捨てられた子犬が、箱の縁に前足をのせて危うく二本足で立ち、外を覗き込んでいる姿を思い浮かべた。違う所といえば、彼らには必ず迎えに来る人がいるという安心感があることだ。そして、子犬には無い。やがて子供達の親がそれぞれ迎えにくると、その数は徐々に減り始めた。迎えがくるたびに歓声があがるのが遠くから聞こえた。僕はぼんやりとその光景を見ていたが、ひとしきり子供達が帰り終えると、僕もゆっくりと汗と埃の匂いのする下駄箱の方に向かった。

普段はあまり気にしなかった自分の足音が人気のない校舎に妙に響いた。僕は、一度立ち止まってから、見上げるように左の方を向いた。少し離れたところに職員室のガラス張りのドアが見えたが職員室には、蛍光灯が点いていたがなぜか人の気配が感じられなかった。先生達はどうしたのだろう。距離感がおかしくなっているのだろうか?赤電話は手を伸ばせばつかめるくらいの大きさに見えた。廊下にはうっすらとたくさんの子供達の足跡がついていたが、とても長くて冷たそうに見えたのを覚えている。

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