小説 雪 幻想 | ねじまき柴犬のドッグブレス

短編小説-雪壁のルール-(前編)

2023年
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これは僕が以前書いた小説で「ゆきのまち幻想文学賞」という賞に応募した作品です。残念ながら落選してしいましたが...。(^-^; それほど長くないので良かったらご一読ください。🐶

シナプスとは
神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した、情報伝達のための接触構造である。 最も基本的な構造はシナプス前細胞の軸索末端がシナプス後細胞の樹状突起に接触しているものである。神経細胞は、情報(神経伝達物質)を出力する軸索とこれを受け取る樹状突起の間に形成されるシナプスを介して神経細胞間の情報伝達を行います。

「全ての物事の基本は道なんだ。道とは人として踏み行うべきもの、道理だ。道がなくては目的地には到達できない。君は今まで道を作るということがどういうことか、考えたことがあるかい?」
シンは黙って首を振った。
「そして道を作る上で大事なことは、方向性を見失わないことだ。闇雲に道を作っても徒労に終わってしまう。道を間違わないためには、深い洞察力が必要なんだ。」
シナプスは一気に喋ってしまうと、満足したように微笑みスコップを手に取った。シンも飲みかけのコーヒーを燠火の上に流し、火の後始末をしてから、シナプスの後に続いて立ち上がった。二人は再び、苦行を行う修験者のような面持ちで、目の前に立ちはだかる雪壁にスコップを差し込んだ。

シンが自分の記憶が失われていることに気がついたのは、数日前のことだった。目が覚めると、見知らぬ場所にいた。そこは遭難者が救助を待つような最低限の設備しかない山小屋で、部屋の中央には小さなテーブルが置いてあり、だるまストーブが煌々と点いているだけだった。所持品らしきリュックがあったので、中を必死に探したが身元を証明するようなものは一切なかった。名前以外のことは一切、思い出せなかった。途方にくれていると、タイミングよくドアが開き、細身で長身の男が現れた。彼は濃紺のスキーウェアを着て、膝下まである金具のついた黒いブーツを履いていた。彼はシンには目もくれず、テーブルに備え付けの椅子にどっかと座ると、肩まである黒髪についた雪を払い独り言のようにつぶやいた。
「外はすごい吹雪だ。とても出られたもんじゃない。」
「ここは一体、何処なんだい?僕は遭難したのかな?何も覚えていないんだ。」
シンが恐る恐る尋ねると、彼は無表情にシンの方を見てこう言った。
「君は遭難したのではなく、混乱しているだけだ。さあ、まずは体を温めるんだ。」
それから彼は、テーブルの上のポットからコーヒーを注ぎ、シンに手渡した。反射的に受け取り飲み込むと、体の芯まで冷え切っていた体内に、熱い液体はたちまち染み渡った。
「私もここが何処かは解らない。でも、出口が何処にあるのかは、大体見当がついている。どうだい、私の手伝いをしないか?」
「僕はどうすればいいんだ?」
シンが訳もわからず、おろおろしていると、彼は内開きになっている裏口のドアを開けた。ドアの外には、一面を塞いでいる雪があった。
「雪かきさ。道を作るんだ。」
彼はスキーウェアとスコップをシンに差出し、ニヤリと笑って言った。この日からシナプスとシンの雪かきがはじまった。

長身の男は、自分をシナプスと呼んでくれと言った。名前の意味を聞くと、伝達者という意味だ、とぽつりと答えた。ドアの外の雪は、長い年月をかけてできた地層のように硬く、冷たかった。慣れない雪かきにシンは戸惑ったが、シナプスはベテランの炭鉱夫のように効率よく作業を進めた。雪穴は、大人がかがんでやっと通れるくらいの大きさだったが、長身の体を器用に折りたたんでは雪を掘り続けた。シンがスコップを投げ出し、息を切らせて座りこんでしまうような時、シナプスは煙草をふかせて辛抱強く待ち、決まってシンのためにコーヒーを淹れてくれた。

「雪にも木目みたいなものがあって、ある角度からスコップを差し込むと、さくっと入っていくんだ。カキ氷みたいにね。」
「信じられないね、まるで賞味期限の過ぎたひからびたアイスクリームみたいだ。」
シンがそう言うと、シナプスが微笑んだ。
「雪の向こうには何があるんだい?」
「私にもはっきりとは解らない。でも、ここにはない温かなものがあると確信している。君にとっても救いになると思う。」
「僕は救いなんか求めちゃいないよ。」「人は誰でも救いを求めているものさ。気がつかないうちにね。」
「君もかい?そうは見えないけど。」
「君の手助けをすることが、私の救いになるのさ。それが私にとっての道なんだ。」
道の話をしている時のシナプスは、まさに伝道者のようだった。その穏やかな笑顔は、シンの心を和ませ、もう少し雪を掘り続けようという気持ちにさせた。

-後編に続く-

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