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王妃のための失われた王国11-颯太との秘密-

2023年
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玄関のドアが開く音で目が覚めた。冬物の洋服を買いに行っていた美穂と颯太が帰ってきたようだった。何も書くことが思い浮かばずに机に向かっているうちに、僕はいつの間にかうたた寝をしていたようだ。iPhoneの液晶を見るとすでに14時を過ぎていた。

慌てて2階にある洗面所で顔を洗ってから1階のリビングまで降りていった。美穂は新しい冬物のコートを買ったようで、姿見の前でご機嫌な様子でコートを羽織っていた。颯太も新しいセーターとゲームのソフトを買って貰ったようで嬉しそうだった。

「おかえり。颯太、お買い物は楽しかったかい?」
「うん、ママと二人で紅葉をマンキツしてきたよ。美味しいハンバーグも食べられたし。」
颯太がそう言ったので僕は思わず微笑んだ。
「それは良かったなぁ。そのブルーのセーターは淡くて良い色だね。颯太にとても似合ってる。」
「当たり前よ、私のセンスの良さは知ってるでしょ。」
美穂は自慢げにそう言った。

「ところで、あなた体は大丈夫なの?」
「ああ、昨日、一晩ゆっくり寝たらすっかり良くなったよ、もう大丈夫だ。」
僕は大袈裟に両手を持ち上げて笑いながら言ってみたが、颯太は心配そうな表情を浮べた。
「パパ、具合が悪かったの?それで今日は一緒に来られなかったんだね。もう元気になったの?」
「ああ、朝寝坊してゆっくり寝たら元気になったよ。ところで、新しいゲームを買ってもらったんだな。後でパパと一緒にやろうか。」
「本当に大丈夫なの?無理しなくて良いよ。サラリーマンのキチョウな休日なんだから、たまにはパパの好きなように過ごしなよ。」
颯太がそう言ったので、僕は苦笑いして言った
「颯太、パパがゲームをやりたいんだよ。キチョウな休日をユウイギに過ごしたいんだ。少し休んでみんなでお茶でも飲んだらやろう。」

美穂もすこし戸惑ってる颯太にニッコリ笑って話しかけた。
「そうね、パパがゲームをやりたいんだから、颯ちゃんは気にしなくてもいいんじゃない?それと今、お茶をいれるわね。あなたはコーヒーがいいかしら?それに美味しそうなモンブランがあったから買ってきたの。みんなで食べない?」
「いいね、それじゃ頼んで良いかな?」
「わかったわ、着替えてくるからちょっと待っててね。」
美穂はそう言ってリビングを出てクローゼットのある部屋へ向かった。

美穂が出て行くと、颯太はすぐさま僕の顔をジッと見つめていた。何かを言いたそうな顔をしていたので僕は颯太に尋ねずにはいられなかった。
「どうしたんだい?パパは本当に元気になったから気にしなくて良いんだよ。」
軽い口調でそう言ってみたが、颯太は静かに首を振り、何かを考え込むような仕草をしていた。
「どうしたんだ?何かパパに言いたいことがあるのかな?」
すると颯太は軽く頷いてから、遠慮がちに小声で話し始めた。
「パパ、ずいぶん日焼けしているみたいだね。昨日はお外にいたの?」

僕は一瞬ドキッとしたが、なるべく動揺を顔に出さないように答えた。
「昨日はお仕事でね、一日中お外にいたんだ。ほら、普段はずっと部屋の中でお仕事しているだろう?だからたまにお外にいるとこうなっちゃうんだ。」
「ねぇ、僕の頭がおかしくなったと思わないで聞いてくれる?」
「颯太がおかしいなんて思った事も今まで一度も無いよ。言ってごらん。」

「パパは王子達の暮らしている島に行ってたんじゃない?」
その言葉を聞いた僕の動揺は計り知れないものがあった。颯太と目を合わず事もできず、とりあえず、その場を取り繕うことしかできなかった。
「ははは、な、何を言ってるんだ。王子の話はパパのただの作り話だよ。そんな所に行けるわけないじゃないか。」

「そうだよね、いくら何でもそんな事できるわけがないよね。変な事を聞いちゃってごめんね。」
それから颯太は思わず言ってしまった事を後悔していているかのように頭を垂れた。僕はそんな颯太の表情を見て得も言われぬ罪悪感を感じた。そして颯太には本当の事を話すべきではないかと思った。その事で逆に僕がおかしくなったと思われたとしても、嘘はつきたくないと。

「颯太、この世の中には理解できない不思議な事ってたくさんあるみたいだ。パパにみたいな平凡な人間には関係の無い世界だと思っていたけど、そうじゃなかった。颯太の言う通り、パパは王子達の暮らしている島に行って大人になった王子、アリゼに会って色々とお話をしてきた。南の島にある大きなシュロの木の下でね。アリゼはパパの想像通り、やんちゃで面白くて立派な若者になっていた。ルイカにも会ったけど、とても可愛らしくて笑顔の素敵な人だったよ。でも、パパも本当にそんな事が起こったのか、まだ信じられないんだ。だから少し、落ち着いて考えてみたいんだ。自分でも信じられるようになったら、どんな事があったのか颯太にも詳しく話すから、それまではママには内緒にしてくれないかな?ママはおそらく信じてくれないだろうけど、心配をかけたくないんだ。」

僕がそういうと颯太はニッコリと微笑んだ。
「やっぱりね。さっきパパを見た時に、なんとなく思ったんだよ、王子達のいる世界に行ってきたんじゃないかなって。僕は自分の頭がおかしくなったんじゃないかとシンパイだったけど、アンシンしたよ。話してくれてありがとう。パパの言う通り、世界はフシギでイッパイなんだね。でもウラヤマシイなぁ、僕も行ってみたかったよ、王子の暮らしている国に。いつか聞かせてね、王子の島がどんなだったかを。」

僕はそれから颯太の事が無性に愛しくなり無言で抱き寄せて、頭をクシャクシャになるまで撫でつけた。颯太はせっかくセットした髪型が乱れるからやめてよと、笑いながらはしゃいでいたが、僕と意思疎通できたことが嬉しかったのか、安堵の表情を浮べていた。僕は子供の直感とそれを素直に受け入れられる感性に改めて感服するしかなかった。


それから、美穂が着替えて戻ってきたので、この話は自然消滅し僕と颯太だけの秘密となった。

その夜は晩ご飯を食べた後に、颯太と夜通しゲームをして過ごした。ポケモンの世界を舞台にしたRPGは予想以上に難しかった。僕は初めのうちはゲームのルールを把握するのに必死になっていたが、段々とハマってしまい、ついつい夜更かしをして美穂に何度も注意された。「もう少しだけ!」とお願いをしているうちに、とうとう美穂は怒ってしまったのか、「先に寝るわよ!」と言って寝室に行ってしまった。颯太と二人して「ママ、怒っちゃったね。」と笑っていたが、それから颯太が眠そうな顔をしたので僕もゲームを切り上げることにした。

翌朝、美穂はまだ機嫌が悪くてろくに口を聞いてくれなかったので、僕は颯太と二人して一生懸命謝りまくって、なんとか許してもらった。寝不足の状態で会社に行き、その日は生あくびばかりして全く仕事がはかどらなかったが、なぜだか気持ちは晴れやかだった。僕の中にあった重たい枷のようなものが外されたような解放感があった。そしてもし僕自身に解放の呪文というものがあるとしたら、それは家族そのものなんじゃないか、そんな気がした。

それから数日経つと僕の中には、再び王妃の話を書きたいと思う気持ちが自然と湧き上がってきていた。王妃がアリゼの島に行った後から、話は再開する。

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