落ちこぼれと呼ばれた未練組が、もう一度歩き出す理由【死後の教室で交わした約束】 | ねじまき柴犬のドッグブレス

犬のかたちをした記憶-第八章:未練組、結成

2025年
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──白紙の答案と、言えなかった本音。ここからすべてが、少しずつ動き始める。──

教室の扉が重たく開くと、キド校長が無言で入ってきた。

長身の体に無駄な動きはなく、黒いサングラスの奥から教室を一瞥する。その目線は、教壇の前に残された四人の生徒──高志、修、亮司、沙梨──に、静かに突き刺さった。

教室は広く、席は整然と並んでいたが、多くは空席だった。かつて二十人ほどいたはずの生徒たちは、今やこの四人を残すのみとなっていた。

キドは黒板にチョークを走らせ、白い粉の音を響かせながら無造作に言った。

「お前たちは──未練組だ、いわば落ちこぼれだな…」

その言葉は、教室の空気をピンと張り詰めさせた。

「ここにいるのは、現世に未練を残し、踏ん切りをつけられずにいる者たちだけだ。過去に縛られ、何かを捨てきれず、この存在平面に留まり続けている」

「最初、この教室には二十人いた。だが授業のあとに毎日行われるテストで合格した者は、一人、また一人とここを去った。あの者たちは、未練を断ち切り、『解脱の丘』を越えてあちら側の世界へ行った。ここに残っているのは、お前たち四人だけだ」

黒板に並んだ文字を指先でなぞるようにして、キドは続けた。

「授業の目的は一つ。お前たちが抱える未練と向き合い、それを断ち切ること。すべての単位を取り、最終試験に合格した者だけが、解脱の丘を越えて、未練のない世界に行ける。それができなければ──お前たちは永遠にこの存在平面をさまよい続ける。二度と”あちら側”には行けない」

教室に沈黙が落ちた。今、この教室に残っているのはキドの言うとおり四人。

高志と沙梨、そして二人の男子生徒。一人は二十代後半の細身で長髪のいかにも生意気そうな若者、もう一人は四十代とおぼしき、小太りでいかにも人が良さそうだが、さえない男という印象のある男だった。

沙梨が机に肘をつき、小さく笑いながら高志に囁く。

「なんか、”負け犬クラブ”みたいじゃない?」

茶色のショートカットがふわりと揺れ、クリクリとした目が高志をからかうように覗き込む。

***

その日の放課後、紬の事が気になり、高志が視聴覚室へ向かうため立ち上がると背後から声がかかった。

「よう、あんた」

振り返ると、細身の若者が立っていた。

「お互い、落ちこぼれだね。と言っても俺はあんなテスト馬鹿らしくて全部白紙で出したから、落ちて当然だけどな。俺は亮司。よろしくな」

そう言って手を差し出してきた。高志は見た目は高校生だが、実際は三十六歳だ。

馴れ馴れしい態度に、一瞬ムッとしたが、これも何かの縁だと思い手を差し出した。

実のところ、高志もテストには一切回答を書かずに提出していた。それは紬のためだ。あんな状態になった娘を放ったまま、簡単に成仏するわけにはいかない。

「俺は、高志。よろしく」

そう答えると、いつのまにか四十代とおぼしき男性も二人の様子をうかがっていたのか、スルスルと近寄ってきた。

「ぼ、僕は修。よろしく」

修は顔を紅潮させ、いかにも緊張しているように見えた。その様子を見て、亮司が思わず吹き出した。

「ぷっ、オッサン、じゃなくて修だったよな。そう、緊張するなよ。俺達は同じ落ちこぼれの未練組だ。仲良くしよう」

修は亮司の言葉に気を悪くするでもなく、むしろ穏やかな笑みを浮べた。

「ともかくだ。俺達は未練組だが、負け犬じゃない。みんな、ここに残っているのは現世に帰りたいからだろう?」

亮司の言葉に、高志は頷いた。

「その通りだ。俺にはまだやることがあるんだ。簡単にくたばる訳にはいかない」

「ぼ、僕もそうだよ。僕を必要としている人がいるんだ。戻らなきゃいけないんだ」

修も高志に続いて、小さな声でたどたどしくそう言った。

「決まりだな」

亮司はそう言ってニヤリと笑った。

「じゃあ、早速、生返りミッションのプランを考えよう。ただ、ここでやるとキドに聞かれそうだから、場所を変えないか?どこか良い場所を知らないか?」

「化学実験室はどうかしら?」

突然、沙梨の声が聞こえた。沙梨は教室のいつの間にかドアの前で腕組みをして、壁にもたれかかっていた。

「今は、ほとんど誰も使っていないし、監視カメラもないから秘密の会議にはちょうど良いんじゃないかしら。それに私、そういうのってワクワクするの」

「君は?確か教室にいたから未練組だよな?」

亮司は沙梨に興味を持ったのか、その姿をじっと眺めた。

「そうよ、私は沙梨。よろしくね」

沙梨はいつも高志に向けるような屈託のない笑顔を浮べていた。

「いいね、業務改革には女子力が不可欠だ。それに、君はなんていうかちょっと世間ズレしている、いやユニークそうだしな。良いアイデアを出してくれそうだ」

亮司は、髪をかき上げながら、楽しげに微笑んだ。

「ふーん、それは、褒め言葉かしらね?まぁ、いいわ。じゃあ、早速行きましょ、化学実験室へ。鍵は開いているはずよ。でも、チームを組むのならまず、コミュニケーションを深める事が必要じゃない?先に親睦会をしましょうよ」

「それはいい、そうしよう。正門を出てすぐにコンビニがあるんだ。さすがに制約があるのか、酒は売ってなかったけど、スナック菓子やジュースは売ってたはずだ。誰か、買ってきてくれないか?」

そう言って亮司は高志と修の方を見た。どうやら自分で買いに行く気はなさそうだ。高志は少し怪訝な顔をしたが、人の良い修は断り切れなかったのか

「ぼ、僕が、買ってくるよ」

と自ら申し出た。

「でもさ、僕、お金を持ってないんだ。ここに来てから財布とかクレジットカードとかそういうものが一切なくなっちゃってたから…」

修が困ったように亮司を見つめた。亮司は

「俺も一銭も持ってない、もちろんカードもスマホもさ。でも、毎朝、そのコンビニでコーヒーを買っている。ここはどこだ?存在平面の世界だぜ。それに気づいたんだよ。金なんか要らないのさ。そういう意味ではまさに天国だ」

そう言ってニヤリと笑った。

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