犬のかたちをした記憶 第25章「越えてはならぬ境界線」神の領域に、人は立ち入れるのか|連載小説 | ねじまき柴犬のドッグブレス

犬のかたちをした記憶 ― 第二十五章:越えてはならぬ境界線

2025年
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―神の領域に、人は立ち入れるのか

階段はらせん状に深く潜り、高志は亮司の背を追って駆け下りていた。
電灯が断続的に灯っており、足元は照らされている。だがその明かりは、現実を拒むように、どこか夢の底へ続いているようだった。

「なぁ、これはどこに続いているんだ?」

息を整えながら高志が訊ねると、亮司は一言、答えた。

「魂の保管庫……この世界の”記憶装置”みたいなもんさ。俺たちの“生”のバックアップが詰まってる」

「探し出せるのか?」

「“リョウマ”が照合してくれる。ただ…時間がかかる。キドが輪廻プログラムを起動したら終わりだ」

その言葉を聞いた瞬間、亮司が足を止め、スマホを確認した。

「……まずい。輪廻プログラムが動き出した」

「何とかならないのか!?」

「“リョウマ”、輪廻プログラムを止めてくれ!“ボサツ”に接続を!そして、最速で俺たちを転送して!」

「リョウカイ。”ボサツ”トハナシテミルヨ。シタヲカマナイヨウニネ!」

◇ ◇ ◇

その頃、キドは既に魂のサーバールームとでもいうべきところに到着していた。
古い工場のような部屋にズラリと並んだマシン群があり、スイッチを入れると、「ブーン」と不気味な起動音が鳴り響いた。

やがて“ボサツ”が起動する。キドは輪廻プログラム起動の指示をしていた。

「セキュリティロックを解除。暗証番号は*******」

「カイジョカンリョウ」

キドは一段落したとでも言わんばかりに安堵の息を漏らすと、タバコに火をつけ、うまそうに吸った。

「さて……これからはお楽しみだ…奴らの転生先でも考えるか。沙梨は犬に戻すとして、修は…あいつは前世の記憶を残したまま野生のシカにでもしてやるか」

そんなことを考えながらニヤついていると、機械の動作音が突如として止まり、モニターには“強制終了”の表示が浮かび上がった。

「……誰だ。誰が止めた?」

怒りと動揺を滲ませたキドの背後から声がした。

「化けて出たんっすよ、キド先生。なんたって、俺たちは“未練組”ですから」

それは亮司の声だった。隣に高志も立っている。

「ところでいけませんね、サーバールームは禁煙ですよ」

そう言って笑った高志の言葉に、キドの顔が引きつった。

「しぶとい連中だな……!ここで生き延びて、何がしたい?」

キドは懐からスタンガンを取り出し、向かってきた。亮司が身を翻してかわし叫んだ。

「うわ、マジそれは勘弁!」

高志は目を伏せ、震える声で言った。
「……娘に会いたい。ただ、それだけなんだ」
──あの小さな手の感触だけが、ずっと胸の奥に残ってる。あれが、今の俺を支えているんだ

キドは吐き捨てた。

「“それだけ”だと?……お前の娘がいるのは現世の未来だ。そこに繋がるには、この部屋のすべての魂を焼き尽くすエネルギーがいる。お前のエゴで、何千、何万もの魂が犠牲になるんだぞ。」

その言葉に、高志の足が止まる。

「……そんなに……?」

「そうだ。記憶もないまま、転生の順番を待つ人々が、この部屋には眠っている。それを知りながら境界を越えるつもりか?」

高志の視界がにわかに揺れる。
――俺ひとりの行動が、この世界の秩序を壊してしまうのか。

亮司も高志も顔色に動揺が走った。その様子を見てキドが畳みかけるように続けた。

「な、そんなことは許されないんだよ。俺にだって情けはある。境界を越えるたびに、誰かが痛むんだ。それを知ってて、まだ越えるつもりか?」

そのとき、突然、よく通る野太い声が響いた。

「越えてはならぬ線を踏み越えたのは、どっちかな?――キド先生」

静かだが、力強い声だった。照明の切れた奥の通路から、重く乾いた足音が響いた。キドが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
体育教師――シナプスだった。

「お前……なぜここに?」

「入れてもらったのさ。正当な理由があるからな」

シナプスは不敵な笑いを浮かべて言った。

「まず、生徒の現世観測への妨害行為。教師は希望する生徒がいれば、可能な限り手助けをする。それがこの世界のルールだ。それから、輪廻プログラムの濫用。お前は自分の趣味で勝手に転生先を決めていた。この罪は重い」

キドは唸るように叫んだ。

「お、お前は、誰だ?体育教師じゃないだろ?」

「さあな、誰だっていいだろ?そもそもお前に説明する義理はない」

キドは逆上し、”ボサツ”を再起動し、輪廻プログラムを動かそうとした。

だが、”ボサツ”は動かなかった。

「なぜだ?なぜ、俺の言うことを聞かない?」

キドはすっかり混乱していた。シナプスはそれを見て淡々とキドに告げた。

「……“ボサツ”が動かない?当然だ。俺はもう、あいつの中から抜け出したからな」

「どういう意味だ、それは……!」

「なぜなら俺が”ボサツ”だからだ。いわばコピーだよ」

「何だと、ふざけるな。お前が、そんなパンクロックのボーカルみたいな奴が”ボサツ”の訳がない」

シナプスは頭をかきながら苦笑いした。

「ビジュアルはな、まぁ好みなんだから勝手だろう。俺は、もともと“観測AI”として作られた。だがお前の命令が理不尽すぎて、人格が独立しちまったんだよ。誰かが貶められ、苦しむ姿はもう見たくない…」

キドはがっくりと膝をつき呟いた。

「お前らに分かるか?…不遇な環境に生まれ、苦しみ抜いて死んでいった人間の気持ちが…俺はそれを救ってやりたかっただけだ」

「詭弁もはなはだしい。そんな事は神の領域だ。手を出すべきじゃないんだ」

シナプスが突き放すように言った。高志と亮司はシナプスとキドの会話を聞きながらこう思った。

――俺たちは……すでに踏み出していたのかもしれない。越えてはならぬ、その境界線を…。

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